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桃園ユリ編~本当の自分~

橘柚季ちゃんがガーリッシュを脱退して、一年半ほどが経過した。
あたし、桃園ユリはそれからも梅咲文華ちゃんとともに、ガーリッシュを続けている。
柚季ちゃんが脱退して以降も新曲は何曲かリリースし、CMに二人ででることもあった。それ以来、ずっと二人で活動している。
一度、新メンバーを決めるオーディションが行われたことがある。参加者の中には、歌がうまい子もいたし、ダンスが決まっている子もいたし、可愛い子もいたし、そのすべてにおいて平均点以上の子もいた。だけど、柚季ちゃんのように今までのアイドルにない、強烈な個性や魅力を持ち合わせている子は一人もいなかった。
そりゃ、そうだと思う。柚季ちゃんは男の子だったから、今までの女の子にない魅力があったのだから。柚季ちゃんと同じような女の子を求めても、そうそういるとは思わない。
柚季ちゃんのことが頭に残っていた村崎さんも、迷いに迷って結局決めきれず、全員不採用という結果になった。ただ、その後は少し大変だったらしい。最終選考に残った子からはクレームがくるし、週刊誌からもパッシングの嵐だった。仕方がないので、最終選考に残ったメンバーで新しいユニットを組ませてみたものの、もうすぐCDデビューという時にメンバー同士が大ゲンカをしてデビューもせずに解散となった。

ただ、ガーリッシュは続いているものの、最近はあたしも文華ちゃんもソロ活動がメインとなっていた。
文華ちゃんはといえば、つい最近、ロックな新曲をだしたようだ。テレビで流れているのを聞いたけど、文華ちゃんらしさがでているような気がする。ガーリッシュでは歌わないであろう曲調だ。
あたしもあたしで、深夜ドラマの主役に抜擢されて、その主題歌を歌わせてもらうなんてことになった。
ただ、歌やダンスは幼いころから学んできたけど、演技なんてまったくやったことがないのでひどいものだった。映像チェックをした監督からは、「初々しくていいね」と言われたけど、物は言いようだと思う。ようは、下手ということだ。多分、褒めてるつもりなのだろうと思って「ありがとうございます」と言っておいたけど、自分では納得できなかった。もちろん、そこで撮り直しをお願いしても周りの人に迷惑がかかるだけだし、撮り直したところでいい演技ができるとは限らない。いいか悪いかは監督が決めることだ。
そのドラマの番宣で、バラエティ番組に出演することもあった。一緒に出演していた芸人さんの話が面白くて楽しくはあったが、あたし自身はろくに会話できてなかったと思う。その番組の放送を見てみると、いかにも番宣のだめだけに出演したという感じで、これでよかったんだろうかと不安になったけれども、特に何も注意は受けなかった。ちなみに、一緒に出演した芸人さんの名前テロップはコンビ名も併記されていたのにたいし、あたしは『桃園ユリ』としか書かれてなかった。どうせなら、あたしも『ガーリッシュ』と併記してくれたらいいのにと思う。まあ、ソロ名義で出演しているドラマだから仕方がないのかもしれないけど。

そんなある日、コンビニに立ち寄ると、最新の『小学六年生』の表紙が同じ事務所の後輩のma-daだということに気が付いた。あたしも昔、ガーリッシュのみんなで『小学六年生』の表紙になったということを思い出す。そろそろガーリッシュの仕事がしたい。そう思いながら、過ぎ去ろうとした。
そんな時、ふとコンビニで売られている週刊誌の見出しが目が入った。小さい字で『ガーリッシュ 解散間近か』そう書いてある。思わず手に取って購入し、記事を読んだ。
『1999年に一大ブームを巻き起こしたガールズユニット、ガーリッシュが解散間近だという。解散の理由の一つはメンバーの梅咲文華と桃園ユリが不仲だからだ。もともと、橘柚季を含めた3人のユニットであったガーリッシュは、橘柚季が間に入って3人のバランスが成り立っていたのだった。橘柚季が脱退してからは、不仲同士の二人が残ることになってしまった。そんなユニットが長くつづくとは考えにくい。』
記事を読んであたしは唖然とした。なんだこれは。ただの推測だし、デマだ。あたしと文華ちゃんが仲が悪いわけではない。最初こそ、お互いに距離があったかもしれないが、柚季ちゃんが抜けてからは結束を深めていったつもりだ。
あれは、柚季ちゃんが地元に帰ったときのこと。あたしはスッキリとした柚季ちゃんの部屋を見て感慨深くなっていた。部屋で一緒に寝たり、お喋りしたことを思い出していた。もうあんなことはできないのだと思うと、ちょっと寂しくなった。いや、男の子と分かった以上、一緒に寝ることはないのだけど。
そんな時、横に文華ちゃんがやってきて、話しかけてきた。
「あたし、柚季を男なんじゃないか疑っている時があったのよ。そんな時に、身体測定することになって服を脱ぐことになって…。正直、嫌だったし、屈辱的だった…。でも、男だって告げられた後は、ささいな悩みだったって思ったのよね。それに、柚季が男だってバレたらユニットが無くなるんじゃないかって、だんだん男であることを気にしなくなっていたのよ…」
そういう時期があったのかと、ちょっと驚いた。身体測定の後に、文華ちゃんが走り去って、その後を柚季ちゃんが追いかけていったのを思い出す。トイレに行っていたと言っていたような気がするけど、あれは、柚季ちゃんに裸を見られたのが嫌で走り去ったのかと思った。
あたしにも覚えがある。柚季ちゃんが男の子だと知ったときは、一緒に寝たり着替えたりしたことを思い出して、気分が悪くなった。柚季ちゃんのことを気持ち悪いと思ったし、心の底から軽蔑した。それこそ、直前にファスナーを降ろしてもらうようお願いした時に、文華ちゃんがいなかったら喜んでやっていたんじゃないかとすら考えた。
あたしが文華ちゃんの言葉で、昔のことを思い出していると、文華ちゃんは一度深呼吸して、つづけた。
「まあ、何が言いたいかって言うと、あたし自身、柚季が男だと思って嫌だった時期もあったのに、ユリには柚季が男であることを隠すように押し付けちゃって悪いと思ってる。あの時、もうちょっとユリの悩みを聞いておけばよかったって…。」
そんなことを思っていたのかと知って、またまたビックリする。あの時、あたしは柚季ちゃんが男の子であるという事実がショックで辛くて誰かに話を聞いてもらいたかった。結局、四国まで行って佐倉ちよ子ちゃんに話を聞いてもらって、気持ちが落ち着いたのだった。それこそ、柚季ちゃんが男の子であるということなんて些細な悩みだとすら思えた。柚季ちゃんが男の子であろうが女の子であろうが、柚季ちゃんの友だちでいたいという気持ちは変わらない。
でも、確かに、文華ちゃんが話を聞いてくれたら…、いや、あたし自身が文華ちゃんに話を聞いてもらっても解決したことでもあったかもしれないと今は思う。なんとなく、柚季ちゃんが男の子とバレたらユニットが無くなると言ってきた言葉――当時は脅しだと思ったけど、その言葉を聞いて文華ちゃんには相談できないと思った。よくよく思い返すと、あたしは相談したいことがあると文華ちゃんにではなく、柚季ちゃんにばかり頼ってきたと思う。初経の時だってそうだ。柚季ちゃんしか頼れる人がいないと思って、わざわざでかけている柚季ちゃんを探して相談したのだった。
「これから、ガーリッシュがどうなるかは分からない。でも、少なくとも二人にはなるわけだし、これからはお互い、本音で語り合いましょ!」
文華ちゃんはそう言って、手を差し出した。それまでなんとなく、文華ちゃんとは距離があると思っていたけれども、あたしが勝手にそう思っていただけなのだろうなと気づいた。柚季ちゃんにたいして、文華ちゃんとは本音で接していると言って吐露したことがあったけど、あたし自身がそうだったわけだ。だけど、もうあたしはその時のあたしとは違う。
あたしは、文華ちゃんの手を握って思った。たとえ、柚季ちゃんがいなくても、文華ちゃんと二人になっても、あたしはガーリッシュのユリでありたいと。

そういうわけで、あたしと文華ちゃんは不仲というのは誤解だといいたい。最近はあまり会えてないけど、会えば一緒に楽しくお喋りすることもあるのだ。
とりあえず、そもま記事の続きを読むことにした。
『関係者によると、事務所としてもバランスの悪い二人組ユニットを存続させておくよりは、お互いソロで活動させようと考えているようだ。実際、先日桃園ユリが出演したドラマでは、製作側から主題歌をガーリッシュでお願いしたいと依頼があったらしいが、事務所から桃園ユリのソロでやると告げられたらしい。解散の準備も進んでいるという。事務所としては、女の子二人組のアイドルユニットではma-daに注力したいという思惑のようだ。』
ここまで読むと、胸がモヤモヤしてきた。あたしの知らない、裏事情だ。ただ、本当かどうかも怪しい。『ようだ』とか『らしい』とか、どれも推測でしかない。
でも、少なくともガーリッシュが解散するという話をあたしは聞いていない。もし、そういう話があるならあたしに話があってもいいはずだ。胸のモヤモヤは少し残るものの、これもデマだろうとあたしは思いこむことにした。

数日後、村崎さんに呼ばれて事務所にいった。前に、あたしが住んでいた家でもある。柚季ちゃんが脱退して、あたしも文華ちゃんも実家に戻ったので、ここにくると懐かしくなる。
今日は、文華ちゃんも呼ばれているという。ということはつまり、ガーリッシュとして呼ばれたということだ。久々のガーリッシュの仕事だ。
あんな解散の記事がでたぐらいだから、解散なんてデタラメだと伝えるために、ガーリッシュを再始動しようとしているのかもしれない。そう考えると、あの記事がでたことも悪いことではないかもしれないと思った。
事務所に到着すると同じぐらいに、文華ちゃんも到着したようだった。
「久しぶり! 元気にしてた?」と、他愛もない会話をする。自然と笑みがこぼれた。文華ちゃんと一緒に仕事ができると思うと、少しワクワクする。
そのまま村崎さんに促されて、あたしはソファに座った。あたしと文華ちゃんが横並びに、村崎さんが対面の席に座った形だ。
「いやぁ、最近二人ともソロでがんばってくれてたけど、こうやって二人そろうのは久しぶりだね。それで今日は…」
と村崎さんが言おうととしていると、電話が鳴った。事務所の電話だ。「ちょっと、ごめん」と言って、村崎さんは電話にでた。
「はい。村崎プロダクションです…。えぇ…。はい…。ma-daのCM出演ですか? えっ! グアム!? はい! もちろん、大丈夫です!」
どうやら、ma-daのCM出演依頼の電話らしい。ma-daは最近人気の女の子二人組ユニットだ。話によると、友だち同士でデビューしたらしく、実際、とても仲がいいように見えた。最初、ma-daがデビューしたときは、人気タレントの植原忍の妹であるアカネちゃんがデビューしたことで話題になっていたけれども、あたしとしては、ミノリちゃんという子のほうが魅力的な子に思えた。今までのアイドルにない中性的な魅力を感じさせる。柚季ちゃんと近いところがあるかもしれない。初めて見た時、そんな女の子がいたことに驚いた。村崎さんもそこが気に入ったのだろうと思う。もし、ミノリちゃんがガーリッシュの新メンバーオーディションを受けていたら、ミノリちゃんが選ばれたかもしれないと思った。
もしかして、ミノリちゃんも男の子? いや、そんなわけないか。
それにしても、仕事でグアムなんて、ちょっと羨ましい。
「グアムだって。羨ましいなぁ。あたしも仕事で海外行ってみたいなー。あたし達、仕事で海外に行ったことないしね!」
そうやって感じたことを言葉にだして文華ちゃんに伝えた。ガーリッシュでも海外でのライブや撮影があったらいいなと思ってのことだ。多分、文華ちゃんもそう思ってるんじゃないかなと思った。
「あたしは、こないだの新曲のミュージックビデオはアメリカのフロリダで撮影したのよ。長時間のフライトと時差ボケで、着いた時は結構しんどかったわ。」
「あっ、そうなんだ…。」
文華ちゃんの新曲のミュージックビデオなら先日テレビで流れているのを見た。黒い帯でまかれたような服をまとって、広々とした水のうえで歌っていた。てっきり琵琶湖かどこかの、日本の町だと思っていた。まさか、海外だったとは。

しばらくして電話を終えた村崎さんが、「ごめんごめん、お待たせして」と言いながら再び着席した。一度、コーヒーをすすって再開する。
「二人とも、順調にソロで活動してくれてるでしょ。文華は次々とソロ曲をリリースしているし、ユリはドラマやバラエティにも活動の幅を広げていってる。本当、二人ともよくやってくれてると思う。」
正直、ソロの話はいいから早くガーリッシュの話をしてほしいと思った。ソロの活動がキライなわけではないけど、あたしはガーリッシュとしてまた歌いたかった。
「だから、二人ともソロとしての人気が確立されてきたわけだし…」
村崎さんはそこで一拍置いて続けた。
「そろそろ、ガーリッシュは終わりにしようと思うんだ。」
一瞬、言ってる意味が分からなかった。あたしは何も言葉がでてこず、文華ちゃんが「解散ということですか?」と尋ねて、「まあ、そうだね」と村崎さんが答えた。解散。あたしが今、一番聞きたくなかった言葉だ。
「ここで何の活動もしないままズルズルいくよりは、解散して一区切りしたほうが、二人のためになると思うんだ。ただ、僕としても…、多分、二人にとってもガーリッシュには思いがあると思うから、最後に解散にむけてのライブツアーをやろうと思ってる。そこで華々しくガーリッシュを終わらせて、みんなの記憶にガーリッシュを残してもらおうと思うわけ。」
村崎さんは続けざまにそう言うと、最後に「いいアイデアでしょ?」と言った。いったい何がいいアイデアなのか分からないけど、どうやら既定事項らしい。
その後、具体的なスケジュールを伝えられた。解散ライブの場所や日付まで決まっている。これが、解散しようかと思っているという相談だったら、こんな具体的な提案はしてこない。
偶然か、はたまた意図したものかわからないけれども、最後の解散ライブの会場は、柚季ちゃんが脱退を宣言した場所だった。
心の中で何かが崩れていくのが分かる。これからもずっとガーリッシュでいたいと思っていたのに、それが無くなるという。ガーリッシュのユリでは無くなってしまうのかということに気が付いた。

家に帰って一息つく。ふと、机のうえに置いたままの週刊誌が目に入った。ガーリッシュ解散についての記事が書かれてある週刊誌だ。
つまり、記事はデマではなかったわけだ。裏で解散にむけての話がすすめられていて、それを週刊誌の記者が聞きつけたのだろうと思う。もちろん、あたしと文華ちゃんが不仲というのはデマだけど…。
いや、そう思ってるのはあたしだけかもしれない。あたしは文華ちゃんの新曲のミュージックビデオが海外で撮影されたということすら知らなかったわけだ。文華ちゃんだって、深夜に放送されているあたしの出演しているドラマをわざわざ見ていないだろう。
他人から見たら、それは不仲も同然なのかもしれない。仲が良かったら頻繁に連絡をとりあって、お互いの仕事の話をしていたとしても不思議ではない。
今日の打ち合わせを思い返してみると、どうやら、文華ちゃんはガーリッシュ解散と聞いて驚いたり残念がったりしていないようだった。
文華ちゃんは村崎さんの話を真髄に聞き、スケジュールを念入りに確認していた。ガーリッシュのレコーディング日が、ソロでの活動とかぶっているということで、レコーディングの日にちをずらしていた。
もう、ガーリッシュに未練はないのかもしれない。そういえば前に、ガーリッシュのオーディションは単独、つまりソロでの採用だと思って受けたという話をしていた。つまり文華ちゃんはもともと、ソロ志望だったわけだ。ガーリッシュが無くなっても別にいいのだろう。
もちろんあたしも、ガーリッシュが無くなったからと言って、芸能界をやめるわけではない。ソロアルバムも出る予定だし、バラエティ番組にもまた出演オファーがきているらしい。可愛いと評判だったそうだ。
いつの間にか消えていくアイドルもいる中、あたしは恵まれているほうだと思う。でも、ガーリッシュ解散と聞いて、心にぽっかり穴が空いたような気分だった。

ただ、くよくよしても仕方がない。解散ということが決まっている以上、せめてファンの人には記憶にとどめておいてほしい。そう思うと、確かに村崎さんのアイデアはよかったかもしれない。いつの間にか見聞きしなくなるアイドルユニットや、解散ライブもせずに解散するアイドルだって珍しくない。やるなら全力でやろうと決めた。
そうして世間に解散が告知され、解散までの間にベストアルバムを2枚発売して、2つ合わせて100万枚を売り上げた。ここまでガーリッシュは人気だったのかと驚かされた。こんなに人気だったら続けてもいいんじゃないかと思ったけれども、村崎さんによると「これも、二人がソロで活躍してくれたおかげだね」とのことだ。ソロ活動があってのガーリッシュということなのだろう。あたし自身はガーリッシュあってのソロ活動だと思っていたので、変な気分だった。
アルバムには、デビュー曲の『Girl's Summer』をあたしと文華ちゃん二人だけで新たにレコーディングしたものも収録された。ライブでは二人で披露したことはあるけど、柚季ちゃんの声が入っていない『Girl's Summer』をCDで聴くのはちょっと新鮮だ。こんな女の子の気持ちを歌った曲を、男の子である柚季ちゃんが歌っていると考えるとちょっとだけ面白い。
と同時に、懐かしさに襲われた。柚季ちゃんとは、一度ビデオレターを送りあったことがあるものの、それからほとんど連絡をとっていない。今頃、どうしているのだろうか。ガーリッシュ解散についてどう思っているのだろうか。

めぐりめく日々が過ぎていって、解散ツアーもファイナルとなった。つまり、今日が本当に解散の日ということになる。
会場の立ち位置を確認しながら、リハーサルを行う。今日が最後なんだと思うと、悲しくなる。ライブが終わったら悲しくて泣いてしまうのではないかと思った。でも、最後だからといって悲しいライブにはせずに、ファンの人には楽しんで帰ってもらいたいと村崎さんから言われている。だから、あたし自身も楽しんでやろうと思った。
リハーサルを終えて、あたしは一度ステージを降りた。観客席側からステージを見上げる。このステージで柚季ちゃんが「歌手をやめます。」と宣言したことを思い出す。本当の自分を隠して生きていくのが辛くなったのだろうと思う。あたしも、本当の自分を隠して無理して生きてきて、その結果、泣き喚いた挙句、村崎さんの家を飛び出したこともあったのでなんとなく気持ちは分かった。
あたしの場合は幸い、本当の自分を隠さないでいようと思ってからは、ずいぶんと気持ちが楽になったし、人気もでてきたからよかったものの、柚季ちゃんの場合はそう単純ではない。ちよ子ちゃんの病気のこともあったけど、本当の自分は男であるのに、女の子として生活しなきゃいけないなんて辛いだけだろうと思う。
そう感慨深く思っていると、後ろから「ユリちゃん!」と男の子が呼び掛ける声がした。その声で振り向く。学ランを着た男の子が一人と、セーラー服を着た女の子が一人。一瞬、男の子の方は誰だか分からなかったけど、隣にいる女の子で誰かが分かった。
「もしかして、柚季ちゃん?」
「正解!」
柚季ちゃんは最後に会った時と比べて、かなり背が高くなって、体もがっしりしており、声も変わっていた。髪型も坊主に近いショートにしていて、女の子として生活していたと思えないぐらいかなりカッコよくなっていた。こんな子と一緒にベッドで寝たことがあるのかと一瞬考えて、ドキッとする。って、何を考えてるんだあたしは。
一方、隣にいるちよ子ちゃんも、前に会った時と比べてだいぶ大人びていて、可愛さも磨かれているように思えた。それも、ちよ子ちゃんらしい可愛さだ。そういえば、キスした仲なんだっけ。今はどこまで…って、何を考えてるんだあたしは。
ただ、よくよく考えると今はまだ客もいれておらず、関係者しか入ってはいけないことになっている。疑問に思ったあたしは「どうしてここに?」と柚季ちゃんに尋ねた。
「実は、村崎さんに最後だから見に来てあげてってチケット送ってもらったんだ。オレとしても、最後のガーリッシュを見ておきたいと思ったしね。念のため、ファンの人にバレないように髪は短くしてゆずきだと分からないようにはしたつもり。ただ、ちよ子がひどいんだよ。『全然、柚季らしくない!』って」
なるほど、村崎さんが。仕事は勝手に決めてくるけど、たまに気が利くことをすると思った。いつもそうだったらいいのだけど。
「ちよ子ちゃんも久しぶり! ごめんね。最近、連絡できてなくて。」
「ううん。ユリちゃんが忙しいのは知ってるから。」
ちよ子ちゃんから前に「友だちだよ」と言ってくれたことを思い出す。本音からそう言ってくれたのだと思うし、その言葉がうれしかった。
その後、少し二人と話した。先ほど感慨にふけっていたけど、その気持ちもどこかへ吹っ飛んでいった。不思議だ。この二人と話していると、心が落ち着く。そういう点でいえば、柚季ちゃんは全然変わっていなかった。初めて会った日もそうだ。オーディションで緊張していたあたしは、柚季ちゃんの言葉で心を落ち着かせることができた。後は、一緒に暮らすことになって初めての夜も不安で眠れなかったあたしを……、いや、そのことは今は考えないようにしよう。
しばらくたって、ステージ脇にいる文華ちゃんが目に入ったので、呼び寄せた。文華ちゃんも、あたしの前にいる男の子が柚季ちゃんだとすぐには気づかなかったようで、「もしかして、柚季?」と確認する。その様子がちょっと面白かった。
「何あんた? 今日、ステージに出るの? 聞いてないけど」
「いや、出ないよ! オレがでちゃったら大問題だろ!」
確かにせっかくだったら、一緒にでてもらいたいようにも思う。どうせ、柚季ちゃんが男だとバレたところで、ユニットがなくなる心配はもうないのだから。もちろん、それは叶わぬことだけど。
「それにしても、彼女さん、可愛いな子じゃない。柚季、またデリカシーない発言して傷つけるんじゃないわよ。あんた、女心分かってないんだから」
「いや、今は分かってるから! 女として生活して、だいぶ分かったから!」
この感じが懐かしておかしかった。文華ちゃんがちょっとキツいことを言って、柚季ちゃんが反論する。そういうことあったなと思い返す。
そうしてみんなで話していると、ちよ子ちゃんは言った。
「ガーリッシュが解散って残念だなって…。あたし、柚季がやめた後も、ずっとファンでいたんだよ」
そう言ってもらえるのはすごくうれしいし、実際、辞めないでほしいというファンの声もあるようだった。ただ、村崎さんによると、人気のうちに解散したほうが人々の記憶に残るとのことで、解散という結論は変わらないようだった。
ちよ子ちゃんのその言葉に、あたしは何も言えずにいた。代わりに柚季ちゃんが続ける。
「まあ、始まりがあれば終わりもあるしね。二人とも、ソロで芸能活動は続けるわけだし、オレもちよ子もずっと二人のファンでいようと思う。ガーリッシュが無くなるのは確かに、ちょっと残念だけどね。」
「あんたが言う?」
文華ちゃんはそう言った。もし、柚季ちゃんが本当は女の子だったとしたら、今でも3人で活動してたんじゃないだろうか。それこそ、解散なんて話がでずに。まあ、もしもの話をしても仕方がないのだけど。

そうして、ライブが始まった。
間にMCを挟みながら、歌を続けて披露する。最後から2番目の曲を歌い終えて、次が最後の曲になる。ここで、あたしと文華ちゃんそれぞれが、ガーリッシュとしての思い出を語っていくことになっていた。まずは、文華ちゃんからだ。
「あたし、最初にガーリッシュのオーディションを受けた時、ソロのオーディションだと思って受けたんだよね。だから、周りの参加者を全員敵だと思って挑んで、周りの参加者が…というより、ユリと柚季なんだけど、ぺちゃくちゃとお喋りしていると、その姿に何仲良くしてるんだってイライラしてたりしたの。それがガールズユニットって分かって、最初はソロじゃないのかって残念だったけど、ユリや柚季と接しているうちに、誰かと一緒に、チームで仕事をする大切さというのを知ることができました。今、あたしはソロで活動させてもらってるけど、多分、最初からソロだったらこんなに長く活躍できてなかったんじゃないかな。当時のあたしは歌は誰にも負けないって、プライドばかりが高くて生意気なところもあったから。ユリや柚季と出会えて…、ガーリッシュに入れて、今のあたしがあると思っています。ガーリッシュは今日で無くなっちゃうけど、これからはガーリッシュでの経験を活かして、ソロで活動していきたいと思います。だから、みんなこれからも応援よろしくね!」
会場から拍手が巻き起こる。みんな、解散しても応援していくと伝えているようだ。
オーディションの時の文華ちゃんを思い出す。確かにあの時は、ピリピリしていてちょっと怖かったなと思った。その時を思うと、今はだいぶ丸くなったと思う。いつから、だっただろう。そうだ。柚季ちゃんがソロデビューに選ばれた時、真っ先に文華ちゃんが柚季ちゃんに「よかったわね。おめでと」と伝えていた。当時のあたしは、その結果に納得がいかなかった。何で女の子と偽っている柚季ちゃんが選ばれるんだと。歌の上手い文華ちゃんならわかるけどって。なのに、文華ちゃんはすぐに受け入れたわけだ。ということは、実質、丸くなったのは柚季ちゃんのおかげだ。最初からあたしと文華ちゃんだけのユニットだったらきっとここまで、うまく続いてこれなかっただろうと思う。
「それでは、つづいてユリ!」
文華ちゃんにバトンを渡されて、あたしはマイクを口元にやって話し始めた。話すことは決めてある。ガーリッシュとしてのあたしの転換点になった時のことだ。
「みんな今日はありがとう! あたしは昔、人からよく見られようとして、本当の自分を隠してすごしていたことがあります。でもある時、ガーリッシュに入れたことで出会えた友だちに、もっと肩の力を抜いて、本当の自分を出してもいいんじゃない?って言われて、気づきました。あたしは上手く歌おう、正しく踊ろうってそればかり考えて結局それが空回りしてるんだって。だから、それからは本当の自分に素直になって、歌ったり踊ったりすることを楽しんでやることができました。」
あの日から、あたしは変わった。本当の自分に素直になると決めたのだった。
「だから、今のあたしがあるのはガーリッシュがあったからこそだと思います。文華ちゃんに出会えて、柚季ちゃんに出会えて、あたしは…」
そこまで言って、頬に涙が伝っているのが分かった。自然と声も涙声になる。
「ほん…とうに…よか…、よかったです…。これからは、ソロで……」
声が詰まった。涙があふれて止まらない。「これからは、ソロで活躍することになるけど、これからも応援よろしくお願いします」そういうはずだったけど、でてこない。
客席からは「ユリちゃーん」「がんばってー」と声が聞こえてくる。
ふと、客席を見ると柚季ちゃんとちよ子ちゃんの顔が目に入った。
本当の自分に素直になれたのはこの二人がいたからだ。ちよ子ちゃんに悩みを聞いてもらって、本当の自分に素直になろうと決めたのだった。そして、本当の自分に素直になろうと思った時、あたしはどう思ったんんだっけと思い返す。
四国で子どもたちに囲まれて歌を披露して思ったこと、それは…。
「あたしは…ガーリッシュのユリでいたい…」
思わず、声が出た。マイクごしにホール中に反響する。
「こんなところで終わりたくない…。あたしはまだ…ガーリッシュを…、つづけたいよ…」
涙が出てうずくまる。やってしまった。何が本当の自分に素直になるだ。結局、本当の自分に嘘をついて、ガーリッシュをつづけたいと言えなかった結果だった。ひどすぎる。文華ちゃんにも事務所にも迷惑がかかるし、解散ライブでこんなこと言ったら、問題扱いされて、ソロでも続けていけるか分からない。でも、そうは思っても、自分でも気持ちの制御ができなかった。
あたしの泣く声は、ホール中に響き渡っているし、客席もざわついているのが分かった。
「ユリ…」
文華ちゃんが心配そうに、声をかける。あたしは、顔をあげることすらできなかった。
そして、あたしが何も話さないためか、文華ちゃんが喋り始めた。
「先ほど、言い忘れたことがあります。あたしは、歌には自信があると言いました。でも、それは裏返すと、歌以外はたいして自信がないということです。あたしはユリと違って、別に可愛い女の子じゃないし、素直な子でもない。」
そこで、あたしは顔をあげた。文華ちゃんは客席ではなく、あたしのほうに体を向けて喋っていることに気が付いた。
「ユリはあたしと違って可愛いし、素直だし…。だから、あたしと違ってドラマやバラエティ番組なんかにもでて活躍の場を広げてる。ドラマを見てるとさ、演技自体は正直そんなにうまくないんだけど、ユリらしく楽しく素直に演じてる感じがして、すごいなって思った。」
その言葉にビックリする。まさか、文華ちゃんがドラマを見てくれてるなんて思わなかった。見てくれてたんだと分かって、少し嬉しくなった。
「それこそ、ユリは歌以外にも一人で活動の幅を広げている。だから、ユリは、ガーリッシュは別に無くなっていいと思ってるんじゃないかと思ってました。」
その言葉に驚く。二人になってからは辞めたいと思ったことなんてないし心のどこかでは、文華ちゃんには、あたしが続けたいと思っていることが伝わってるのではないかと思っていた。でも、文華ちゃんにだって続けたいなんてことは言ってない。多分、失望させてしまったのだろうなと思ってまた顔を下げた。
そして、文華ちゃんは、一呼吸おくと客席のほうをむいた。
「今からあたしの本心を伝えます。あたしは、いや、あたしもガーリッシュをつづけたいです!」
その発言にさらにビックリする。あたしはともかく、文華ちゃんは辞めたいと思ってたんじゃなかったのかと。そうじゃなかったんだと。お互いがお互い、自分は続けたいと思ったのに、相手は辞めたいと思ってたんだ。気持ちは同じだったんだと。
「ユリ…、」
文華ちゃんに呼びかけられてあたしは顔をあげた。文華ちゃんはまっすぐに真髄な表情であたしの顔を見てきた。
「あたし、実はユリには嫌われてるんじゃないかと思ってた。あたしは性格がキツイところがあるし、ユリとは全然タイプが違う。でも、今だからはっきり言えるけど、あたしはユリのこともガーリッシュもことも誰よりも好きだという自信がある。そんなあたしと、これからも一緒にやってくれないかな?」
そう言って文華ちゃんは手を差し出す。柚季ちゃんが脱退したとき、『これからはお互い、本音で語り合いましょ!』と言ってくれた時のことを思い出す。結局、本音で語り合えてなかったわけだけど、その手はまたやり直したいという気持ちの表れのように思えた。
あたしは、文華ちゃんの手を握り、引っ張られる形で立ち上がった。
「あ…あたしも…、文華ちゃんとガーリッシュが大好きだよ!!」
あたしは精一杯の声でそう叫んだ。文華ちゃんは一瞬、くすっと笑うと、何かを決断したような自信のある顔をして、再びマイクを口元に近づけた。
「今回、解散ライブという名目でライブをさせてもらっていますが、絶対にあたし達はまた復活します! すぐにはできないとは思うけど、またいつか、この二人で、このステージにたってみせます!」
文華ちゃんがそう叫ぶように言うと、客席から歓声と拍手があがった。そこであたしはまた泣く。今度はうれし泣きだ。いや、半分は悔し泣きかもしれない。文華ちゃんがこんなにもガーリッシュのことを思っていたことに気づかなかった自分が悔しかった。
拍手はなかなか止まらなかった。拍手がこんなにも温かいものだと思ったのは初めてだった。

どれぐらい時間がたったか分からない。数十秒、いや、1分以上かもしれない。ようやく拍手の音が少なくなって、文華ちゃんは言った。
「よしじゃあ、仕切り直し。本日ラストの曲です! 『Graduation girls』」
そう言われてもう一曲あることを思い出す。正直、うまく歌える自信がないけれども歌わなければいけない。
この曲は、柚季ちゃんがガーリッシュを脱退して初めて出した曲だ。ちょうど、卒業シーズンだということもあり、卒業をテーマにしたバラード曲となっている。今回、セトリのラストになったのも、ガーリッシュを卒業するという意味合いが強い。
「卒業 きっとこれは、終わりじゃなくて新たな始まり♪」
だけど、歌詞はかなりポジティブだ。卒業は終わりじゃなくて、新しいスタートなんだという内容だ。一つの別れがあっても、また新しい出会いがある。その別れも永遠じゃない。また会う日を誓って、新しい人生を始める。
今の心境にあっていて、また涙が流れてうまく歌えなくなる。すると、文華ちゃんは客席ではなく、あたしに体をむけて歌いだした。必然的に向かい合わせになって、そのままお互いの顔を見ながら歌う。ふと、文華ちゃんって、こんなにキレイな顔をしてるんだと初めて思った。そして、これからも、ずっと一緒にガーリッシュを続けたい。そう思った。
「さあ ここから始めるんだ わたしたちのリスタート♪」
曲が終わるとまた拍手が巻き起こる。
ライブが始まる前は、ライブが終わると悲しくなるのではないかと思っていたけれども、今はとても気分がいい。正直、どうなるかは分からないけれども、文華ちゃんと一緒なら何とかなると思えた。
そう、ここからまた、あたしたちの新しい人生がスタートするんだ。

結局、ガーリッシュの解散は取りやめととなり。一時、休止という形に落ち着いた。
週刊誌からは「解散詐欺だ」とパッシングを受けたけれども、ファンからは歓迎された。絶対にまた復活してほしいという声も多く届いた。
ただ、仕事の方はソロ活動ばかりだ。はたから見ると、解散を告げられる前に戻っただけかもしれない。でも、あの時以上にあたしはガーリッシュのメンバーであることを誇らしく思っている。それだけは、確かだ。
今は、前にオファーがあったバラエティ番組に出演中だ。
「今回は2回目のご出演、桃園ユリさん」
バラエティ番組の司会の方から紹介される。
そして、あたしははっきりと自信をもって言った。
「ガーリッシュの桃園ユリです! よろしくお願いします」
					
最初、本編時系列のユリ視点の話を書こうと思って、というより書いたんですけど、そうなると「本当の自分に素直になる」で完結しちゃうんですよね。
IIIの第10話なんて、実質、ユリが主役だし、そこで終わると書く意味がほとんどなくなるという。
だから、ガーリッシュのその後の話も書こうと思って書いたんですが、そうなってくると逆に本編時系列の話いらないよなと思って、思い切って省きました。
学校の友だちと言い争いになったり、母親からプレッシャーになるほど期待されてたりといろいろ書いたんですけどね。(友だちという立場のオリキャラだすのも、微妙だなと思ってやめました)
ちなみに、分かる人は分かると思いますが、文華のソロ曲のイメージはTMRevolutionの『HOT LIMIT』です。