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苅部豊編~大人に負けない子どもに・・・~

「えっ!? 豊、忍さんの見送りに行ってたの?」
忍を空港から見送った後、そのまま家に帰ってきたところで、ちょうど稔も同じく家につくところだった。
そこで、稔から「どこに行ってたの?」という問いにたいして、忍を見送ってきたことを伝えた後の稔の反応が先ほどの言葉だ。
「そう。君が茜ちゃんといちゃいちゃしている間にね」
「なっ・・・!!」
と、冗談を言ってみたが、稔は顔を赤くしたものの、反論はしてこなかった。てっきり、「そんなことしてねーよ」と言われるものかと思ったが、本当にいちゃついていたのだろうか。
「そ、そんなことよりさ、最近は忍さんとあまり接点なかったのにお見送りなんて、本当は噂通り忍さんに気があったんじゃないの?」
と、先ほどの言葉をごまかすした後、からかうように稔は言った。
「そうだね。キレイだし、魅力的な人だと思うよ。でも、あのお父さんじゃあ、少し気が引けちゃうかな。君と違って」
「うぐっ・・・」
どうやら図星のようだ。

それにしても・・・。まさか、あの噂があった時から忍がここまで変わるなんて・・・。と思う。
噂の発端は、もう1年以上前になる。
確か、他の事務所からスカウトされた時だった。

「アメリカ・・・ですか・・・?」
事務所に向かう途中、見知らぬ男から声をかけられた。
先に渡された名刺によると、どうやら、アメリカの芸能事務所ともつながりのある大手の芸能事務所の人らしい。
どうやらアメリカの、名の知れた映画監督がオレの出演した映画を見たらしく、いたく気に入ってくれたそうだ。
その監督の名前はオレもよく知っており、何本か映画も見たことがあった。
「はい。すぐにとはいきませんが、ハリウッドで修業を積んで、将来的には監督の映画に出演するという段取りで考えています」
つまりハリウッドデビューということだ。
今はせいぜい日本国内での活躍となるが、ハリウッドとなると世界が相手になる。
想像するだけでワクワクした。
――やってみたい。
その時のオレはそう思った。このチャンスを逃したらもうないかもしれない。
お願いします。そう返事しようとしたその時だった。
「うちの事務所の子に何か用かね?」
社長の植原貢だった。
「話は聞こえていた。その話は先日断ったはずだ」
「え、ええ、もちろん承知してます。ただ、苅部さん本人にもきちんとお話しておかなければならないと思いまして」
「豊はまだ未成年だ。そんなことを豊一人の判断で決めるわけにはいかない。お引き取り願おう」
社長がそう言った後、男はオレに目を合わせた。何か言ってほしそうに見える。
いや、何を言ってほしいかは分かっていたし、オレも本心では言いたかった。だけどオレは、
「ありがたいお言葉ですが、僕はこっちでまだまだやらなきゃいけないこともありますし、こっちにいたいとも思っています。申し訳ございません」
と言って、頭を下げた。
男は深くため息をつき、「そうですか、分かりました。」と言うと背を向けて帰ろうとした。
オレは、一緒に一度くるかもしれないチャンスを逃すことになった。
「一年間」
男は帰り際にそう言った。
「監督は一年間は待つとおっしゃっています。もしその間に気が変われば、ご連絡ください」


途中で社長とあったものだから、事務所までは社長と一緒に行くことになった。少し気まずい。
「そうそう豊。次の土曜日なんだが、忍と一緒に付き合っているフリをしてほしい。忍には言ってある」
急に社長がそんなことを言い出した。
忍とは当時一緒に忍が主役、オレが準主役の恋愛ドラマに出演させてもらっていた。
そのドラマにはうちの事務所が全面協力しており、忍とオレも同じ事務所であった。
なお、社長と忍は親子の関係で、変な噂がたたないように家に男を寄り付かせないということは有名だった。
「デートのフリですか? でも、そんなことをしたらスキャンダルになってしまうんじゃ・・・」
「それが目的だ。ドラマの話題作りだよ。」
そういうことか。ドラマの話題作りのために、別に好きでもない人と、仕事以外でも付き合っているフリをしなきゃいけないらしい。
「他の男だったら頼まなかっただろう。信頼できる君だから任せられる」
オレは自分がどうしたいかなんてことを言わず、それを承諾した。

土曜日、オレは喫茶店で、忍と向かい合わせに座っていた。
忍はキレイな人だとは思う。ただ、どうにも好きになれそうになかった。
演技も歌も、特別うまいとは思えない。芸能一家とは言っても、幼少のころから訓練を受けてきたわけではないらしい。
所詮は親の七光り。二世タレントだ。パッとでて、社長である父の力でここまで登りつめた。
そんな印象がオレにはあった。
「ごめんなさい。お父さんがまた勝手に・・・」
「いいよいいよ。忍みたいなキレイな人と食事できるなんて万々歳だしさ」
でもまあ、忍だって好きでもない人と付き合うフリなんてしたくないだろう。そう考えると少し同情心が生まれてきた。俺と同じなのかもしれないと。

翌週の週刊誌には、いつの間に撮られたのか分からないデート写真が載っていた。事務所はノーコメントを貫いているという。
ただ、それほどまで大きな報道になることはなく、1ヶ月もすぎるとほとんどマスコミが話題にすることはなくなった。
そんなある日のことだ。
新聞の一面に『植原忍の妹デビュー』と大きく載っていた。
この子も社長の父親に利用されるのかもしれない。なんてことをふと思ったが、すぐにオレはその隣の子に目が移った。
どこかで見たことのある顔だった。いや、どこで見たのかは覚えている。
「MINORI?」
自分が知ってるその顔は稔という名前だったはずだ。蒔田譲さんの弟、蒔田稔。
気になったオレはすぐにパソコンを開き、譲さんにメールをしようと思った。
が、先に譲さんからメールが届いていた。
『弟の稔が、豊と同じ事務所で芸能活動をすることになったそうだ(昔と同じで女の子の格好らしい)。一緒に仕事をすることがあったら、その時はよろしく頼む。』
やっぱり稔だった。
理由はよく分からないけれども、どうやら男の稔が女として芸能活動するらしい。
これは面白い。と思ったオレは、譲さんにこう返信した。
『なら、オレのほうも稔君を女の子として接しますね』
数分後、その返信が届いた。
『別に構わないぞ』

それからオレは、女の子のフリをがんばってしている稔にたいしてちょっかいをかけていった。
必至に女の子らしく振舞おうとしているのが可愛くて面白い。
こういうのもなんだけど、マンネリ化していたオレにとってはちょっとした刺激となった。

だけどそんなある日に事件が起きた。
ファーストキスをすることになったグアムでのことだ。
その日は、茜ちゃんと稔との3人でのCM撮影があり、スタッフと船に乗っていた。
そこで海で泳ぐカットがあり、茜ちゃんが自らやると言って海で泳いでいた時だった。
茜ちゃんの、胸の水着が外れ、必至に腕で胸を隠している茜をスタッフが撮ろうとしていたのだ。
「やめろ! 撮るなーっ!!」
稔がカメラの前に立ってそれを制す。しかし、茜ちゃんは水着を取りにいかない。
「拾いに行けば胸が見えるから。」
オレはそう、稔につぶやいてしまった。いや、それだけは別によかった。
ただ、予想外だったのが稔自身が海に飛び込んだことだ。
そしてさらに予想外だったのが、稔がおぼれたことだ。
とっさに罪悪感に襲われたオレはすぐに飛び込んで助け、すぐに人工呼吸をして稔を救出することはできた。
だけど、だけどあの時、あの時オレがスタッフを誘導して茜から目をそらすよう誘導すれば、それですんだはずだった。
稔ならそうしてくれるんじゃないかとつぶやいたものの、予想外の展開になってしまった。
なぜオレはあの時、みんなの視線をそらすように言えなかったのだろうか。
それだけすれば、稔は溺れて苦しい思いをしなくてすんだはずだし、ファーストキスを奪うこともなかった。

なんてことを、その日の夜も、ホテルのベランダに突っ立って物思いにふけっていた。その時だ。
「やっぱりやめたくなくなったってことかよ!?」
どこからか稔の叫ぶ声が聞こえてきた。
「大人はオレたちのこと商品としてしか見てねーんだぞ!」
「そんな大人たちを見返してやるって約束したじゃん! おまえの親父だって…!」
「見返すだけなら、他の方法もあるでしょ…?」
「それじゃ、オレはどーすりゃいいわけ? なんのために今まで女のフリをしてたわけ?」
「オレの計画は、どーなるんだよ…!?」
稔と茜ちゃんが喧嘩しているらしい。
大人を見返す? 女のフリ?
もしかして、女のフリをして芸能デビューし、一躍人気になったところで男だと暴露する計画だったらしい。
このまま解散なんてことになるのだろうか。だとしたら残念だ。
少なくとも、仲直りするまではオレは近づかないほうがいいかもしれない。

夏が過ぎて秋が来て、もうすぐ冬になる時。
ma-daの二人を見かけると、どうやらもう仲直りできているらしい。解散なんてこともなさそうだ。
久々に稔の目を覆ってちょっかいをかけてみた。
とりあえず、バースデーパーティーの招待券を渡す。
逆にこっちもからかわれることになったけど、それはそれでオレはその時を楽しんでいた。
だけどその日の、雨の降る夜のことだった。
「ピンポーン」というチャイムが鳴り、こんな時間に珍しいなと思ってインターホンの画面を見てみると、そこには稔の姿が映っていた。
すぐに「鍵が開けてるから入って」ということを叫んで伝え、読んでいた台本にシオリを挟んで稔のとこに駆け寄った。
途端、稔は安心した表情になるや意識を失ってオレのほうに倒れてきた。
熱はなさそうだ。でも、このびしょ濡れの服のまま放っておいたら風邪でも引きかねないと判断し、タンスからシャツをとりだして、稔に着させ、ベッドの上で寝かせた。
家出だろうか。親と喧嘩して家出して、途方もなく歩いて疲れたのかもしれない。精神的にも。
そういえば、譲さんも家出して劇団に入ったと言っていたっけ。
あれから7年がたつ。
あの頃のオレは毎日が楽しかった。
劇団にいれたのは親だったが、やりたくないわけではなかったし、実際やって楽しかった。
ただ、ただ少し、親によく思われようとしすぎたかもしれない。親の言うことを聞いて、劇団の先輩のいうことも聞いて。いいヤツと思われるように頑張った。
今の事務所に入ったのも親の意向だった。
社長じきじきにスカウトに来たのだ。植原事務所に入ればテレビにもどんどん出ることはできるだろう。
親は大賛成していた。
オレは入ることを承諾したが、劇団を続けたいという気持ちも心のどこかにあった。
後悔しているわけじゃない。これでうまくいかなかったら後悔したかもしれないが、実際はうまくいってテレビで活躍しているのだ。
だけど時々、あの時に続けたいって言っていたらどうなっただろうと考えることがあった。

数日後、また稔がうちの家にやってきた。どうやら、親と仲直りしたらしい。
「人に愛されたいと思うなら、まず自分から本気でぶつかっていかなきゃ、な!」
稔にそう言ってみたものの、もしかしたら自分に言い聞かせた言葉なのかもしれない。

そして季節はすぎ、4月となった。
譲さんによると、稔は今むこうでミュージカルの一役者として活躍しているらしく、いきいきしているようだ。
逆にオレのほうは少しずつ仕事が減ってきているところだった。
「たまには掃除でもしてみるか」と、部屋の整理をしている時だった。
一つの名刺が目に入った。

「監督は一年間待つとおっしゃっています。もしその間に気が変われば、ご連絡ください」

そろそろ1年がたつ。まだ間に合うだろか。
今なら仕事も減ってきて、事務所を飛び出すのにはチャンスじゃないだろうか。
いや、たとえ仕事があったとしても、事務所を飛び出さなきゃいけないかもしれない。
稔は、抑えていた気持ちをすべて告白したという。
オレも・・・。オレもやれるんじゃないか。
よし、連絡しよう。
受話器の前に向かったものの、心臓が激しく鼓動を打っている。少し深呼吸。よし。オレは覚悟を決めた。

Trrrrr

オレがちょうど電話をしようと思い立ったと同時に、電話が鳴った。
もしかして、1年たったから確認のために電話をしてきたのかもしれない。そう期待してオレは電話をとった。
「はい、苅部です」
「私だ」
相手は社長だった。社長じきじきに何の用だろう。
「どうされたんですか?」
その返答はオレの予想もしないことだった。

「蒔田稔君を預かってほしい」

言っている意味が最初よく分からなかった。稔なら札幌で暮らしてるはずだ。
「考え直した。やっぱり稔君の才能をこのまま手放すのは惜しいんじゃないかとな。明日、茜が迎えに行く」
これは、断るべきなのだろか。でも、断ったら稔はどうなるんだ。
まさか、植原家で暮らすとは思えない。その選択肢があれば、最初からそうしているはずだ。
「茜には、信頼できる人に頼んであると伝えてある」
その言葉を聞いてオレはつばを飲み込み、言った。
「分かりました。稔と一緒に暮らせるならこちらとしても歓迎ですよ」
実際、その言葉の半分は本心だ。稔と一緒に暮らせば、楽しくなると思う。
ハリウッドデビューより、稔と暮らすほうが可能性低いじゃないか。ハリウッドなら、チャンスはまたある。
オレはそう自分に言い聞かせた。


そして、稔との生活が始まった。
実際、稔との生活は一人のころと比べるとかなり楽しかったし、充実していた。
だけど、一昨日のことになる。茜ちゃんから稔あてに電話があった。
「うそっ、忍さんがアメリカに…!?」
稔のその言葉に反応して稔のほうに目をやった。
稔は「行かない」と言いながらも忍が乗る飛行機と時間をメモに残していた。


で、先ほど空港に忍を見送りに行ってきたところだ。
社長夫妻がいたので、忍がその二人と別れてから、オレは忍に会うことにした。
「・・・渡米、よくお父さんに反対されなかったね。」
「されたわ、もちろん。でも、押し切っちゃった☆」
正直オレは、社長が方針を転換したのかと思った。茜ちゃんが活躍してるから忍は好きにさせると。
でも、どうやら違ったらしい。
忍は長い髪をバッサリ切っていたが、もしかしたら切ってから父に言ったのかもしれない。
それぐらいの態度を示したら、あの社長も説得できるのかもしれないと思った。
そして俺は、一年前、忍と喫茶店に入ってみたときとは全く違う輝きを忍に感じた。
「・・・変わったね。」
思わず声に出してしまった。

最後に忍は、オレにこう質問した。
「ミノリちゃんが本当は男の子だっていつから知ってたの?」
正直、なぜそんな質問をするのかよく分からなかった。なのでそのままの真意を逆に聞いてみた。
そして、忍は言った。

「・・・私ね、実はちょっとだけ、"ミノリちゃん"に嫉妬してたのよ。」

忍はオレの言葉を待たずに搭乗口に向かって行った。
外からアメリカへ向かう飛行機を見て思う。
「バカだなオレ」
社長の娘だとか、二世タレントだとか、そういう表面的なことにしか目がいかず、ちゃんと忍のことを知ろうとしてなかった。
あんなにも魅力的な人なのに。
結局大人の事情にふり回されっぱなしなのは、オレだけなのかもしれない・・・な。

「茜? オレ、稔だけど・・・」
その声でオレは現実に引き戻された。稔は茜ちゃんと電話で喋っているようだ。
ふと、社長の「信頼している」という言葉を思い出す。
オレは、事務所を裏切ってアメリカに行くようなことはない、信頼された人間なのだ。悪く言えば、扱いやすい人間。
でも稔には、稔には、そんな大人に負けない子どもになってほしい。
					
こんな解釈をしている人は多分いません。こんなSS書いててなんですが、自分もこの通りに豊が思ってるなんて思ってません。
まあ、実際は違うのだろけど、こういう視点もありうるというふうに見てもらえたらと思います。