第2話~スポドリ~
日曜日
「何だ、やっぱり来たじゃん」
「来なかったら承知しねーぞと言われたので・・・」
「いじめられっ子って感じだな」
大室のおかげで不良に巻き込まれなくてすんだが、そのせいで変なことに巻き込まれた啓太は今、大室の事務所にいる。
本当は来たくなかったのだが、大室の承知しないという言葉が気になって来たのである。昔から、そういう脅し文句に啓太は弱かった。
いっぽう大室は近くにあるダンボールからカツラと女の子ものの服をとりだして、啓太に渡した。
「じゃあ、すぐこれに着替えろ。今からオーディションだ」
「ちょっと待ってください。もし今日、僕が来なかったらどうしてたんですか?」
「そりゃあ、キャンセルしたさ」
「じゃあもうキャンセルということでいいと思うんですけど・・・」
「何? お前は食事の予約をしてても当日になって行くの面倒くさいと思ったらキャンセルするような人間なのか? どこの富裕層だよ」
「いや、それはちょっと違う・・・・・」
「いいから早く着替えろ」
啓太はしぶしぶ着替えることにした。
カツラもつけ、いったん鏡を見てみる。
思ったよりかわいい。弱弱しい顔つきがよりかわいらしさになって表れている。
啓太はそう思った。
「オレの予想通り、女装したら可愛いじゃないか。惚れるぜ」
「惚れないでください」
「とりあえず、今日の流れを説明する。まず最初に言っとくがお前の芸名は高橋由香だ」
「はい」
啓太、いや、由香は返事をした。
「それから今から行くオーディションだが、今回はスポーツドリンクのCMだ」
「スポーツドリンクですか」
「ああ。略したきゃスポドリと略していい」
「いや、言いにくいのでいいです」
「それからCMの内容は幼馴染で野球をやってる子にスポドリを渡すだけだ」
「言いにくくないですか?」
「言いにくい」
しばしの沈黙。
「一次審査は面接、二次審査は演技だ、分かったか?」
「・・・・・・・・・はい」
由香はしぶしぶ答えた。そもそも、出たところでうまくいくとも思えなかった。
失敗して落ち込むぐらいならやらないほうがいい。そうも思った。
「じゃあ、会場行くぞ」
由香と大室は車に乗り、オーディション会場に向かった。
30分ほどして会場に到着。
そこには何人もの女の子がいた。よくテレビで見かける子もいる。
「あの、やっぱり無理だと思うんですけど」
「無理だとか言うな。やってみなきゃわかんねーだろ。何のためにお前をスカウトしたと思ってるんだ」
由香はしぶしぶ歩いた。
由香の番号は30番
30人の女の子が参加してるらしいので、由香は最後ということになる。
先ほどから震えが止まらない。
「落ち着け。まずはそれが大事だ」
「そんなこと言われましても・・・・」
震えてる右手を左手で押さえる。
しかし、左手も震えているので意味がない。
「次28番」
部屋から声が聞こえる。
一次審査は面接で、一人一人部屋で質問される形式らしい。
先ほど、車の中で大室と簡単に練習はしてきたが、部屋に入った瞬間、忘れそうで怖かった
「次29番」
次だ・・・・由香は深呼吸をした。
「そういうときは、人という字を手に書いて3回飲み込めばいいんだ」
隣にいる大室に言われた。
あまりそういうことは信じないが、やってみることにした。
少し、楽になったような気はした。
「次30番」
由香はドアのノブを手に取り、深呼吸しながら開けた。
「失礼します」
面接官の目の前に椅子がひとつある。
由香は一度その椅子の横に立って「30番、高橋由香です」と言い、「どうぞ、座ってください」と面接官が言ったので、由香はゆっくり腰掛けた。
しばらく、面接官に質問され、その質問を返答しということが続く。
運がよく、ほとんどが大室と練習していたことで、しかも、まったく忘れていなかった。
ただ、ひとつ忘れていたことがあった。
それは、由香自身がこんなことやりたくないという思っていた思いだけであった。
「ありがとうございました」
由香はゆっくりと礼をし、部屋を去った。
不思議だった。
こんなにも、ちゃんとできるなんて・・・
やればできる、今まで何をやってもほとんど失敗ばかりだった由香(啓太)は初めてそう思った。
休憩室では大室が待っていた。
「どうだ?うまくできたか?」
「はい。思ったよりうまくできました」
「そうか、やったじゃん。でも気は抜くなよ」
「はい」
そう言うや否や、結果がでたようである。
確か、一時審査に合格できるのは10人だったはずだ。
「一次審査合格は2番、6番、7番、9番、14番、17番、20番、24番、25番」
後一人。
「30番。以上10人はここに残ってください、後の方は残念ですが機会があればまたの機会に、チャレンジして成長している姿を見ることを楽しみにしています」
30番・・・確かにそう言った。
「まあ、とりあえずの関門はクリアーだな」
「・・・・・聞き間違いじゃないですか?」
「バカ。自分の耳を疑うなって」
由香は喜んだ。本当に嬉しかった。
でも、まだ終わってはいないのだ。
次に、二次審査がある。
しばらくすると、一枚の紙を渡された。そこには短い台詞が書かれている。
「後で、みなさんにそれを覚えてもらって、それを演技してもらいます」
CMなんてたったの15秒、されど15秒。
たったの15秒なのだから本当に演技がうまくなくちゃいけないのかもしれない。
その15秒のなかだけに演技だけで思いを入れなければいけないのだから。
とりあえず、由香はそこに書いてある文を覚えた。覚えるのには数十秒もかからなかった。それぐらい短かった。
でも、どのように演じればいいのだろう?
由香は立って練習してみることにした
正直言って、かなり恥ずかしい
「短い演技って簡単なようで難しいんだよ」
大室が由香に話しかけた。
「長い演技ってものは人それぞれ異なってくるかもしれないが、短いとどうも同じようなのしかないようになってしまう」
大室は続ける。
「だから、本当にすばらしい演技をするか。みんなとは違う演技をするかのどちらかじゃないと合格できない」
「じゃあ、どうしたらいいんですか?」
「そんなの知るか。自分で考えろ。もし自分ならどうするか? とかな。」
二次審査の内容は、男が「ずっと君のことが好きでした」と言い、続けて「私もです」と言う、それだけの演技を面接官の前で披露するだけであった。
相手役の男はCMで一緒に出演する人らしいが、別にそんなのはどうだっていい。
問題は、どう演じるかである。
「では始めますので、会場の前の席に座ってください」
いよいよ、二次審査が始まった。
先ほど一次審査をやったせいか、先ほどよりは緊張していなかったが、それでも少し震えてはいる。
「次30番」
由香の番号が呼ばれた。
「失礼します、よろしくお願いします」
由香の目の前には先ほどの面接官、そして相手役の男がいた。
「こちらこそよろしく」
男がそう言ったので、由香は軽くおじぎした。
「じゃあ、はじめ」
いよいよ始まった。
「ずっと君のことが好きでした」
男は言う、由香は驚いた顔をした。
そして、少し顔を下に向け。
「私も・・・・」
顔をあげ、その男の目を見て言う。
「です」
二次審査が終わった。
由香には信じられなかった。自分にあんなことができるなんて。
正直なところ、最後の「です」は笑顔で言いたかったが、笑うのが苦手な由香にはそれができなかった。
「よくがんばった」
大室は言った。
久々に人に褒められたような気がする。
褒められるってこんなに気持ちのよいことだっただろうか?
由香は思った。
「合格する自信はあるか?」
大室にそう問われ、由香は少し迷った。
少なくとも、自分の中では上出来だった、でも、どうだろうか?
あれぐらいの演技なら自分以外でもできそうな気がする。そうも思った。
「やっぱり、ダメだと思います」
そう言った。
「そうか」
大室はそう言うと立ち上がり、出入り口の方向へ向かった。
「どこに行くんですか?」
「帰るんだよ。無理なんだろ?」
結果はこの後でるらしい。ただ、それにはきっとそれなりに時間がかかるはずだ。
落ちているなら、残るのは時間の無駄だと大室は判断したらしい。
由香は迷った。結果を聞くまで残るべきか、大室のいうとおり帰るか。
「はい」
由香は大室の後ろを歩いた。
少し、寂しかった。
「結果がでました」
後ろから声がする。大室は止まろうとしない
「30番。高橋由香さん」
由香は立ち止まった。大室も止まった。
大室はゆっくり後ろを振り向き、言った。
「やったじゃん」
由香は泣いていた。
いつも学校でよく泣いているが、それとはぜんぜん違う。
「高橋由香さんは今から書類をお渡ししますので、こちらに来てください」
「はい」
それから由香は芸能界デビューし、あっという間に全国に顔を知られ、テレビにも出始め、写真集を発売することまで決まった。
そしてそんなある日のことだ。
「早く金渡せよ。それとも殴られたいか?」
啓太はポケットから千円札を取り出し、聖也に渡した
「小遣いあがってねーじゃねーかよ!!」
そう言うと、聖也は啓太を押し倒した。
大室には、芸能界に入ったら感じも変わっていじめられなくなるとか言われたが相変わらずいじめは続いていた。
ちなみに、聖也がいうように小遣いはたしかにあがっていない。
だが、由香の分で稼いでいるので金は前より余裕があった。
「まあいいじゃねーか、またこれでゲーセンでも行こうぜ」
竜雄が聖也に言った。
「今回はダメだ」
「何で?」
「ほしいものがあるんだよ」
「何?」
「高橋由香の写真集」
啓太は今の聖也の言葉に敏感に反応した。
「高橋由香?」
「ほら、スポドリのCMにでてる女の子」
「スポドリ?」
「スポーツドリンクの略だよ。それぐらい気づけ」
「ああ、・・・あの子か、可愛いよな」
「だろ?ったく、こいつの小遣いあがってたら消費税分払わなくてすんだのに」
「オレにも見せてくれよ」
「分かってるって」
そう言って、聖也と竜雄はトイレから去った。
啓太はまたその場に立ち尽くしていた。