第5話~パスタとワンピース~
「じゃあ、もう友達の俺は必要ないな」
なーんて、数週間前に翔太は言っていたものの、あれ以来特別変わった様子はなく、前と変わらない日常がすぎていく。
たんなる思い過ごしか? それとも幻聴だったのか?
まあいいや。忘れよ忘れよ。
と思っていると、目の前の機会が「フルコンボ」という音声を発してゲームが終了する。
レベルの低いステージだったとはいえ、考え事してフルコンボっていうのは、俺もまだまだ腕は落ちていないようだ。
「すごいね友美ちゃん。俺、半分ぐらいしかうまく叩けなかったよ」
「でも、初めてにしちゃあ上出来じゃないかな。練習すればすぐにうまくなると思うよ」
「そ・・・そうかな」
今日は久々の休日でのオフだ。
最初は翔太に遊びに行かないか誘ってみたのだけれども、用があるとのことだった。
その次に思いついたのが愛梨とのデートなのだけれども、どうやら愛梨も仕事が入っているようで無理とのことであった。
話はそれるけど、まだ愛梨とはデートらしいデートができていない。せいぜい、仕事終わりに軽く食べにいったぐらいだ。
まあそんなわけで、一人でゲームもよかったのだけれども、ふと前に拓海がゲーセンに行きたがっているのを思い出した。
ただ、拓海と遊ぶとなると、友樹ではなく、友美として接することになるので少々面倒だ。けれども、まあウィッグをかぶるわけでもなし、言葉に少し気を付けていればそんなに問題ないかということで誘った次第だ。
拓海はかなりゲーセンに行きたがっていたようで、誘ったときはかなり喜んでいた。
そこまで行きたがっているなら、夏休み中にでも誘えばよかっただろうか。
「まさか、友美ちゃんから誘ってもらえるなんて思わなくて」という言葉が少し気になったけれども。
それはともかく、拓海は本当にゲーセン初体験らしく、どのゲームもうまくできていなかった。
が、こちらがコツを教えると途端にうまくなって驚いた。うまくなったといっても、初心者にすれば、という話ではあるのだけれども、ちょっと教えただけでここまでの上達ぶりはなかなかないと思う。
役者の経験がうまくいきているのだろうか。
俺なんか、拓海に演技指導してもらってもなかなかうまくいかなかったのになぁ。
まあそんなわけで、こちらとしても教えがいがあり、教えてるこちらとしても楽しいと思えた。
このままいくとすぐに俺のレベルにおいつくかもしれない。そうすれば、俺としても遊びがいがある。
「よし、じゃあ次はもうちょっと難しいステージで・・・」
と言って、次のゲームを始める準備をしようとしたら、俺のお腹が「ギュルルルルル」という具合に鳴った。よくよく考えりゃ、もうお昼の時間帯だ。
「先にご飯にしようか」
「そうだね」
というわけで、二人でレストラン街に移動することにした。
ちなみに、この近辺は都心の駅の近くということもあり、ゲームセンターもあればレストラン街もあり、洋服売り場もあちこちにある。
ゲームセンターの入っている建物の屋上には観覧車まであるぐらいだ。
そうだ。もし愛梨とデートすることになった時には、ここに来ることにしよう。いろいろ買い物にいったりして、デートの最後には観覧車に乗る。ロマンチックじゃないか。
と思って歩いていると、見覚えのある二人に出くわした。簡単な変装はしているようだけど、里奈と麻衣だ。持っているカバンや袋からして、二人でショッピングに来たらしい。
こういうのは後輩として挨拶したほうがいいのだろうか。ということを考えていると、むこうもこちらに気付いたようだ。
「あっ、拓海君と友美ちゃん。二人でどうしたの?」
となぜか里奈はニヤニヤした顔で聞いてきた。
「ちょっと里奈やめなよ。邪魔しちゃ悪いでしょ。ごめんね二人とも。じゃあね」
と麻衣は言い、里奈を引っ張って離れていく。
「カメラには気を付けなよ」
と、最後に里奈が言ったのが聞こえてきた。
カメラ? ああ、まあ確かに俺らはゲーノージンだからなぁ。こっそりケータイのカメラで撮られてるかもしれん。まあ、撮られたら音で分かるだろう。
でも、なんで急に離れていったんだ? 邪魔? 別に俺としてはこの後4人で食事ということになってもよかったのだけれども・・・。
まあいいや。別に深い意味はないだろう。
「な・・・なんだったんだろうね・・・。あっ、お昼あそこのパスタの店はどう?」
と言って拓海が指差した方向には確かにパスタ屋が。ラーメンの気分だったけど、同じ麺だしまあいいか。
「うん。お腹すいたし早く入ろ」
店に入って空いている席に案内され、メニューを見て無難にミートソーススパゲティを頼んだ。
それにしても、この店カップルばっかりだなぁ。男同士で来てるなんて俺らぐらいか。っていっても、今の俺は女として来てるのだけど。
と、店内を見渡していると、テレビが一つあるのが見えた。
生放送の番組で、ゲストとして愛梨がでている。
「ではさっそく歌っていただきましょう。卯月愛梨ちゃんのデビュー曲です」
と司会者が紹介して愛梨が歌いだす。
そう、愛梨は一足先に歌手デビューしてしまったのだ。
相変わらずキレイな声だ。もちろん、歌もうまい。こんな子が俺の彼女なんだよなぁ。すごいな俺。
「友美ちゃんは歌手デビューの話はないの?」
なんてことを拓海が言い出す。拓海までそんなことを言うか。
「私は音痴だから。プロデューサーは張り切ってるんだけど」
いまだに大室は俺を歌手デビューさせようと思っているらしく、ボイスレッスンを受けさせられているが、仮にデビューしたところでこの歌声には勝てる自信は全くない。
大室にはさっさとあきらめてほしいものだ。
「そっか、残念。出たら買うんだけど」
「愛梨の曲を買った方が何倍もいいよ。あの歌声には惚れ惚れする」
彼氏は俺だと自慢したいぐらいだ。無理だけど。
「お待たせしました」
そうこうしているうちに、頼んでいたミートソーススパゲティが届いた。
「いただきます」
ズルズルズル。おっと。パスタは音たてて食べちゃだめなんだっけ。
って、あーーーっ! しまった! 服にミートソースが・・・。
「ごめん。ちょっとトイレ行って拭いてくる」
その後、トイレに行って軽く拭いてみたものの、汚れはなかなかとれず。
まあ、いっか。特別お気に入りの服だったわけでもないし。このまま汚れた服ですごすのは少し恥ずかしいけど、しかたがない。
とりあえず席に戻り、今度は飛ばさないよう、音をたてないよう、慎重にスパゲティを食べ、完食した。
「えっと会計会計。いくらだったかな?」
「いいよ。俺が出す」
「えっ!? いや、いいよいいよ。そんなの悪いし・・・」
「今日は楽しませてもらったから。俺におごらせて」
な、なんと優しいやつ! 俺が女だったら惚れてるかも!
とりあえず、お言葉に甘えて先に店をでて待つことにした。いいもんなんだろうか。学校では、おごりおごられは禁止って言われてるし・・・。
なんてことを考えているうちに、拓海が会計をすませて店をでてきた。
「よーし、じゃあ次はレースゲームをやろう!」
と言って、ゲームセンターに戻ろうとしたら、
「ちょっと待って」
と拓海に腕をつかまれて言われた。
「こっち」
と、引っ張られて行き着いた先にはティーンズのファッション店。
「さっき汚しちゃったしね」
「いや、でも別にこれぐらい大丈夫だって」
「ダメだって。女の子なんだしさ。俺が出すから」
「えぇ!? それは悪いよ。さっきもおごってもらったし」
「いいんだって、俺がパスタ店を選んだから俺に責任あるしさ」
「で、でも・・・」
さすがにそこまでしてもらうのは気が引ける。ここは断るべきだろか?
と考えていると、拓海は俺の目を真剣な目で見つめてこう言った。
「俺が、買いたいんだ」
他人の服を買いたい、という心理はよく分からないけど、そこまで言うなら仕方がない。
「じゃあ、お願いしようかな」
とは言ったものの、拓海の選んだこの店は女の子向けの服しか売っていない。まあ、この際だから女ものの服を持っておくというのもいいかもしれないけど、どういうのを選べばいいもんか・・・。
「こういうのどう?」
と、拓海が選んだのは白を基調としたワンピースの服(アニメのキャラクターがついてる服ではない)だった。
やけにかわいすぎないかその服は。今からまたゲームセンターに行く服には見えないぞ。
でもまあ、拓海が買ってくれるわけだし、着てみるか。
そして俺は、「じゃあ着てみるね」と言って拓海からその服を受け取り、試着室に入って着替えることにした。
着替え終わって鏡を見てみる。
鏡に写っているのは自分というのはもちろん分かるのだけど、なんだかものすごい照れくさい。やっぱりかわいすぎないかこれ。仕事でもここまでかわいいのなかなか着ないぞ。
でもまあいいや。ここまで可愛い服だったら、男だと気づかれないだろう。そういう利点もある。
「拓海、着替え終わったよ」
そう言って試着室から出、拓海と目があった。
拓海は急に顔を赤くし、すこしだけ顔をそらし、再びこちらを見て「似合ってる。それにしよう」と言ってレジに向かった。
俺はその姿に少し遅れてついていき、妙な胸騒ぎを感じていた。
なんなんだこの変な胸騒ぎは・・・。
その後、再び二人はゲーセンに行き、夕方近くになるまでずっと遊んでいた。
「今日はありがとう。楽しかったよ」
「こっちこそ、拓海の上達していくさまを見てるのは面白かった」
「ありがとう。また、一緒に行っていいかな?」
「もちろん」
「じゃあ、また今度」
「じゃあね」
そう言って、俺は拓海と別れ、山手線外回りの電車に乗って家を目指した。
電車の窓が鏡となってワンピース姿の俺が写る。
最初こそ少し恥ずかしかったものの、もう慣れた。だいたい、普段から女装はしてるわけだしね。
まあ、こんな女装して電車に乗るのは初めてだけど。
ただ、誰かに友美ってバレたらどうしよう・・・と思ったものの、ずっとドアで外を見ている態勢をしていたためか、バレずに目的の駅に到着した。友美の知名度もまだまだってことなのかもしれないけど。
しばらくして目的の駅に到着し、ドアが開くと、真っ先にホームに出て、階段のほうに身体を向けた。
すると、階段に近い方の隣の車両からでてきた人に見覚えのある姿があった。
「翔太!」
俺の呼びかけに翔太は気づき、後ろを振り向き、驚いた顔になった。
「なっ!? 今日は友美なのか? 仕事休みなんじゃなかったっけ?」
ああそっか。今の俺はワンピース姿だから。
「仕事ではないんだけどさ。黒瀬拓海って知ってる?」
「あの、こないだお前が出てたドラマで共演してた子役タレントのことか?」
「そうそう。そいつといつも行ってるゲーセンに行ってたんだよ。行きたがってたからさ」
「へぇぇ・・・」
翔太はそう言いながら、なぜか怪訝そうな顔つきになった。
「何だよその顔」
「いや別に・・・。付き合ってるのかなって」
「何でそうなる!」
と言いながら、ふと今日の出来事を回想してみた。そういわれれば付き合っているような構図に見えなくもないかもしれない。
でも、付き合ってるというのとは違うだろ。お互い好きなわけじゃないし、告白をしてもされたわけでもないし。
あれ? 何だろう? また胸騒ぎが・・・。なんだかとっても嫌な予感がする胸騒ぎ・・・。
「何ボケーっとしてるんだよ。帰るんだろ」
「えっ? あ・・・ああ・・・」
まさかな・・・。まさか、拓海の好きな人が友美(俺)ってことは・・・ないよな・・・。