第9話~屋上の二人~
どういうことだ・・・。
『この宇宙(そら)の彼方(かなた)で』がテレビ初披露? じゃあ、翔太はどうやってその歌詞を知ったんだ?
そんなことで一日中、頭を悩まされ、帰ってきてもずっとそのことで頭がいっぱいになっている。
テレビじゃないとすれば、ラジオか?
いや、あんなに当て字だらけの歌詞をラジオで分かるはずがない。
テレビでもない・・・ラジオでもない・・・とすると・・・。
そうか! インターネットだ!
最近はインターネットの動画サイトで初お披露目ということもそんなに珍しくない。俺(友美)は違うが、事務所の中には動画サイトでの活躍をきっかけにデビューしたり、動画配信に積極的だったりする子もいる。
というわけで俺は、机の上のノートパソコンを立ち上げ、ブラウザを開いた。検索ボックスに、『この宇宙(そら)の彼方(かなた)で』と入力し、検索。
早速、何千件もの検索結果がでてきたが、どれもこれも昨日のテレビについてばかりだ。もしくは、ショッピングサイトのCD紹介ページか。
ややこしいので、一昨日までと日付指定をして検索してみたが、どうもどこかの動画サイトに投稿した、もしくは生放送サイトに出演したという情報はない。
愛梨の公式サイトを見ても、仕事情報は詳細に書かれているものの、動画サイトについての情報はいっさいなかった。
「ダメだギブアップ。分からん。」
俺は、愛梨の公式サイトに掲載されている、大きい愛梨の写真ページを見ながらそう叫んだ。
その写真は、少し加工がほどこされており、ただでさえキレイな愛梨がよりキレイに見える。
それにしても、こうやって見てみると・・・。
「似てるな」
ふと、自分でもよく分からないことをつぶやいた。途端、俺は修学旅行の時に撮った翔太との写真を取り出して、愛梨の写真と見比べた。
なぜいままで気づかなかったのだろう。
翔太と愛梨の顔は、瓜二つといっていいほどよく似ていた。
もしかして、同一人物?
いや、いやいやいや、そんなわけないだろ。
愛梨が仮に翔太なら、告白をOKするわけがないし、
それにそうだ。愛梨との初デートの帰り、愛梨とは別々の電車に乗ったのに、降りたら隣の車両に翔太が乗ってたじゃないか。
そして、翔太はこう励ましてくれたんだ。
「初デートだったんだろ? 失敗の一つや二つしかたないって考えて、これから経験を重ねていけばいいじゃないか」って。
あれ? ちょっと待てよ? よくよく考えたら、初デートって翔太に言ったっけ?
デートだと言ったのは確かに覚えている。初めてとは言ったっけなぁ?
なんだか胸がモヤモヤする。どこかで記憶を間違っているようなそんな感じだ。やっぱり言ったのか。覚えてないけど。
と、突然俺は何か閃いたように電流が頭に走るのを感じ、思いついた。
そうか。そういうことだったんだ。
確かに、これだと辻褄があう。翔太と愛梨が似ている理由も、翔太が『この宇宙(そら)の彼方(かなた)で』の歌詞が書かれた紙を持っていても。
気持ちがすっきりしたところで、大室からの電話が鳴った。
このあとの仕事だけれども、近くを通るのでまだ家にいるようであれば迎えにいくとのことだ。
時計を見るとまだ出ていくのに少し時間はあるものの、迎えに来てくれるのはありがたい。
迎えをお願いすることにした。
「いやー。こうやって、マネージャーに車で送り迎えしてもらうと、ゲーノージンって感じですよねー」
「帰りは送らないぞ」
というわけで、今は車の中。
大室の車の後部座席で友美用の服に着替えたところだ。
「そういや、黒瀬拓海っているだろ。前に一緒に共演した」
「拓海がどうかしたんですか?」
「おいおい、名前で呼び合うような仲なのか?」
「ま・・・まあ、むこうはずっと『友美ちゃん』ですけど。それで、拓海がどうかしたんですか?」
「いや何。ネット見てたら、黒瀬拓海は有川友美のことが好きなんじゃないかって噂が飛び回ってて、ちょっと気になっただけだ」
今更その話題・・・。
「確かに、告白は受けました」
「こ・・・告白ぅ!?」
「ちょっと、前々。赤ですよ赤!!」
俺の発言に驚いてこちらを見てよそ見をした大室だったが、間一髪ブレーキを踏んで、なんとか停止線の手前で車は停まった。
「で、返事はどうしたんだよ?」
「それが、返事をどうしようか迷ってるうちに、『冗談だ』って、言われまして」
「どうせお前は、それを真に受けたんだろ」
「受けませんよ!」
「で、どうしたんだよ?」
「どうしたって・・・。冗談という言葉を信じたフリして今までどおりに・・・」
「今までどおりって何やってるんだ?」
「ゲームでよく遊んだりしてるんで」
「ゲーム!? なんだゲームって! ポッキーゲームか?」
「違いますよ!! ゲーセン行ったり、ファイモンやったり」
そういや、拓海とゲーセン行った帰りも翔太と駅で偶然会ったっけ。
ん? なんだかまた変な胸騒ぎが・・・。
「にしても、黒瀬拓海は、好きな女が本当は男なんだな。お前は、罪な奴だよ」
元はといえばあんたのせいだろ! だいたい、この状況で罪な奴という言葉はあってるのか?
まあでも、俺も確かに親しくしすぎたところもあるかもしれない。
正直、この世界、つまり芸能界から離れる前に真実を話しておいたほうがいいのかどうか、迷っている。
いや、迷うまでもないな。これは、言わないほうがいいだろう。
好きになった女の子が男だって知ってみろ。ショックで寝込みかねないだろ。
それなら真実を伝えず、自然に離れるほうがいい。
俺なら、そうしてほしいって思うんじゃないだろうか。
そもそも、俺はいつこの世界を離れるんだ?
大室に一年は継続してもらうと言われてるから、少なくとも次の4月までは続ける気はいるが・・・。
その後はどうすればいいんだ? 続けたほうがいいのか?
いや、いやいや迷ってる暇はない。決めた。4月にやめよう。と決まれば、こんなところでなんだけど大室と交渉だ。
「大室さん。4月になったらこの世界から卒業したいんですけど、いいですか? 学業に専念したいんで」
「学業に専念したいという理由が本当かどうかによる」
「それは嘘ですけど・・・」
しばし沈黙。
「分かった。もともと最低一年だったからな。幸い、まだ4月以降の予定は決まってないんだ。いっそのこと、学業に専念したいという理由だったら、3月いっぱいで終わりにしよう」
想像以上にすんなりと承諾してもらえた。意外だ。
まさか、大室はここまですんなりとOKするような人だとは思わなかった。
「ありがとうございます」
「ああ」
と大室が言った後、何やらボソボソと話しているのが分かった。
「・・・お・・・・ゆ・・・あ・・・」
よくよく大室のほうに耳を傾けてみると何を言っているのか分かった。
「俺のユウアイが・・・俺のユウアイが・・・」
・・・・・・。
その案、あきらめてなかったのかよ。いいかげんその構想は諦めた方がいいと思うのだけれども。
この状況じゃあ、辞める直前にスペシャル結成とかいってユウアイという名前のユニットを組まされかねない。
そうならないことを祈ろう。
仕事場についた。
今日の仕事は、いつもの携帯電話のCMの撮影だ。
つまり、愛梨と同じ仕事ということになる。
いつもなら、愛梨と一緒の仕事だと、かなりうれしくて、ワクワクしているが、昨日あんな別れ方をしてしまった身としては、正直どう接していいか分からない。
が、そう思っていたのは俺だけだったようで、愛梨はこちらに気づくなり元気よくかけよってきて、挨拶をしてきてくれた。
「昨日はごめんなさい。つい怒っちゃって」
「いやいや、こっちも事情がつかめなかくてごめん」
「事情?」
「い、いやなんでもない。こっちの話」
愛梨と翔太の事情は、あえて話してないみたいだし、こっちからは話さないでおこう。
その時、ふと、愛梨の事務所のプロデューサーの春本という人が目に入った。
やけに茫然自失としている。何かショックなことでもあったんだろうか?
それに気づいた大室が、春本に近寄って話し始めた。
「なんだなんだお前? 女にでも振られたか? ハハハハハ」
そこは、笑うところじゃないだろ・・・。
だいたい、春本さんは既婚者じゃなかっったっけ?
「春本さんはね、」
俺が春本さんと大室のほうを見ているのに気づいて、愛梨が春本さんの話をしてきた。
「落ち込んでるのはあたしが原因なの」
なんだその小悪魔みたいな発言は。
とは思いながら俺は、「へ、、、へー」としか言葉を返せなかった。
これは理由を聞いてもいいもんなのか?
と思った矢先に愛梨が俺の耳のそばに顔を近づけ、囁くようにこう言った。
「仕事が終わったら、友樹くんにも話したいことがあるから、屋上に来て」
いうなり、控え室に向かっていった。
先に着替えるということらしい。
屋上に呼び出されるって、何か悪い予感しかしないのだけれども。
そうして控え室で愛梨が着替え終わった後に交代でこっちが着替え、撮影が始まった。
内容はこうだ。引越しをすることになるので転校することになる女の子(愛梨の役)が、転校することを友達の女の子(友美の役)に、転校するというずっと言えなかったことを伝えるところから始まる。
「ずっと言えなくてごめん」
愛梨演じる女の子がそう言うと、しばらく沈黙が続く。
なんと、30秒バージョンだとここで5秒も沈黙が続くそうだ。
そして、「教えてくれてありがとう」と言い、続けて
「それに、私達に距離なんて関係ないでしょ」と言いながら携帯電話を手に持ってみせる。
その後はそれぞれの家のシーンになる。
携帯電話のテレビ電話機能を使い、学校でどんなことがあったかを話し合ってCMが終わる。
一時間ほどで撮影は無事終了し、また愛梨が先に着替えて、交代間際に「先に屋上で待ってるね」とだけ言い残して去っていった。
乗り気がしないので断ろうとも思ったが、そんなことを言う隙も与えてもらえなかった。
こちらの都合を一切聞いてこない、あまり愛梨らしい行動とは思えなかった。
これはちょっとした脅しじゃないか?
こんな、12月の寒空の下、女の子を長時間待たせるわけにはいかない。
一瞬、携帯電話に電話して断りの電話をいれようかとも迷ったが、なんと、控え室の分かりやすい位置に愛梨の携帯電話が置いてあったのだ。
なんだこれ。悪どすぎるだろ。
仕方がないので、高速で着替え、愛梨の携帯をもって屋上に向かった。
このビルの屋上は、開館時間であれば誰でも出入りできるようになっているらしく、
簡単なベンチや、俺たち子どもには関係ないが喫煙スペースなんてものが設けられた、ちょっとした休憩スペースとなっている。らしい。
らしいといったのは、話には聞いたことがあったが、今回がはじめての利用となるからだ。
階段を駆け上り、屋上へと通じる扉を開ける。
すると、ちょうど前方の一番端に、夜景を見上げるように愛梨が立ち尽くしていた。
そして上空には、「今日は満月か」と、ふと言葉にしてもらしてしまうぐらい、キレイな満月が輝いていた。
ドアを開け閉めする音に気づいた愛梨がこちらを振り向く。
「どうしたの話って?」
平静を装ってそう話しかけてみたが、さきほどから鼓動が速くて少し胸が苦しい。ざわつき感とでもいえばいいのだろうか。少なくとも、いい予感ではない。そんな気がしていた。
「じつは、ずっと友樹くんに秘密にしてることがあって」
「分かった。転校するんでしょ」
「それは、さっきのCMの話」
「そっか。アハハ・・・」
なんだか急に足が震えてきた。この寒さのせいか? そろそろ初雪でも振るんじゃないだろうか?
「実は私、本当は・・・」
「ちょっと待って、知ってるんだよ俺はもう!」
愛梨が何か言おうとする前に、俺は叫ぶようにそう言った。
愛梨の顔つきが"やっぱり"とでも言いたそうな顔になる。
そうして、俺は一度気持ちを落ち着かせるために深呼吸をして言った。
「親戚なんでしょ?」
「えっ?」
「俺の友達の相葉翔太と。多分、いとこ同士とか。顔も似てるしさ、親戚だから歌詞が書かれた紙がまぎれこんでしまうこともありうる。翔太は、俺の好きな人が自分の親戚だって言い難かったんだろうなって・・・」
俺はなぜか顔を下にそむけながら、そう言った。
長い沈黙が続く。
すると、「フッ・・」という、まるで苦笑するかのような声が聞こえてきて、続けて、
「アッハッハッハッハ」
と、腹を抱えて笑っているような声が聞こえてきた。
とても女の子らしくない笑い声。だけど、それは確かに愛梨のほうから聞こえていた。
「どうしてそーなるんだよ」
とても、愛梨が発したとは思えない言葉も聞こえてきた。
さらに鼓動が早くなる。口の中が乾いていて足も小刻みに震える。
「今までずっと黙ってたけど、卯月愛梨は・・・、卯月愛梨は・・・」
――やめろ! やめてくれ! これ以上は聞きたくない!!
そう俺は願ったが、言葉として発することができない。愛梨の雰囲気がそれを許してくれないようにすら感じる。
そして、そんな俺の願いもむなしく、愛梨は自身のつけていたウィッグを外し、こう言った。
「俺なんだよ」
俺の目の前には、都会の真ん中で月光に照らされた、相葉翔太の姿があるだけであった。