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第5話~謎の感情~

マヤは住宅街の道を一人歩いていた。
もう夕方で、外は暗い。
とたん、急に首を絞められたと思ったらそのまま壁まで押された。
後ろは壁、目の前にはマヤの首を絞めている誰か・・・
誰?
暗くてよく見えない・・・
多分男。
折田レオではない。
「あの時はよくも」
目の前の男はそう言った。
マヤはこの声を聞いたことがあった。
あいつだ・・・
「おかえし」
さらに首に強い握力がかかっていくのが感じ取れた・・・
このままじゃ死ぬ・・・死ぬ・・・

「ゴホッゴホゴホ・・・」
気づくとマヤはいつもの部屋の布団の中にいた。
どうやら今のは夢だったらしい。
ふと、マヤは隣の部屋の方を見た。大室がこちらを見ているのが分かった。
「どうした? うなされてたみたいだが・・・怖い夢でも見たか?」
マヤはその返事には答えず、何度か瞬きをした後に
「今何時ですか?」
そう聞いた。
大室によると、今は朝の5時半らしい。
「すみません。起こしてしまいましたか?」
「今日は朝から出かけなきゃいけないんでね。俺もさっき起きたところだ」
マヤは立ち上がり、布団をたたんでからリビングに出た。
最近仕事が減ってきた。
仕事があればあるほど、仕事に集中して余計なことを考える時間が減る。だから、マヤは仕事を増やしてほしかった。
「たまには女装した格好で渋谷にでもいってみればどうだ? ちやほやされて気持ちいいぞ。多分」
大室が冗談交じりにそんなことを言ってきた。
「それもいいかもしれませんね」
マヤはさらに冗談っぽく返した。
大室はやっぱつまらねーヤツと思いながら、仕事着に着替え、
「じゃあ、留守番よろしくな」
と言って家を出て行ってしまった。
今日もまたマヤの仕事は休み。
テレビもつまらないのばっかり。
お笑いも昔のほうが面白かった。
そうやって、時間を無駄にすごしていると突然、家のチャイムが鳴った。
大室ならチャイムなどせずに開けるはずなので、宅配便か何かだろう。
マヤは居留守を使うことにした。
が、またしてもチャイムの音が鳴る。
またチャイム。
しつこい客である。
もしかして、居留守しているのがバレたのだろうか?
だが、テレビはついているが音はかなり小さい。
隣の部屋にいても聞こえないぐらいである。

ふと、何気なくマヤは玄関のほうを見てみた。
とたん、
「おっ!鍵開いてんじゃん!」
という声とともに扉が開いた。
マヤとその客とが目が合った。
「お前、勝手にドア開けんなよ」
どうやら客は一人じゃないらしい。
今、マヤと目があっている人物の後ろから声が聞こえてくる。
「どしたん? はよはいりーや」
客は高校生ほどの、男二人、女一人らしい。
「おじゃまします」
マヤと目が合っていた男が言った。
マヤはその男の名を知っている。
関口亮。
その後ろにいた人物は相原翔と妹尾薫。
「おっ!先客やん」
「今日、大室さんは?」
相原翔がマヤに聞く。
マヤは何を言えばいいか分からず、相原翔の顔を見ていた。
「そんなに睨まないでよ」
マヤには睨んでいるつもりはないのだが・・・
「もしかして今日、大室さんいないの? ったく、せっかく大室さんの肉じゃが食べてやろうと思ったのに」
ふと、マヤは昨日の夕飯を思い出した。
「それなら鍋に入ってますけど」
「マジで! せっかく材料買ってきたのに」
そう言いながら、関口亮は鍋の中を見た。
「しかも、すくねーし。3人分ぐらいしか残ってないじゃん」
3人分あれば十分だろ・・・それとも、後で誰か来るのだろうか?
そんなことを思いながら、マヤは3人を交互に見ていた。
また、相原翔と目が会う。
「ところで、君は誰?」
一番聞かれたくない質問である。
今、女装しているのであれば、片橋マヤと分かるはずだし、むこうもそういう質問をしてこなかっただろう。
しかし、今は女装していない状態。
なんと答えるべきか。
はたして、本名を言っちゃっていいものか。
「大室聖太」
とっさに出てきた名前を言ってみる。
「大室さんの親戚?」
「はい。哲郎さんの兄の息子。つまり甥です。今俺の両親が海外に旅行に行ってるのでその間預からせてもらっていて」
「へー。大室さんに兄なんていたのか」
実際、大室に兄がいるかどうかなんてマヤは知らない。
この3人が、大室の兄弟構成を知らなさそうということが、マヤにとって幸いであった。
「しかたねー。4人で何か作るか。こんだけ材料ありゃあ何かできるだろ」
キッチンのほうから関口亮の声がする。
4人とは・・・
もしかして自分も含まれているのだろうか?
そんなことをマヤは思いながら、ここから3人を追い出す、もしくは自分が逃げるいいわけを考えていた。
「じゃあカレー作ろうぜカレー。なぜかカレールーも買ってることだし」
「本当になぜかだよな。肉じゃが作ってもらうつもりで来たはずなのに」
「そこは気にするなって」
「こっそり鍋の中にカレーのルー入れたらどうなるか試したかったんやろ?」
「そうそう。大室さんならきっとこう言うぞ。「俺は天才かもしれない。肉じゃがを作っていたのに、カレーができた」って」
と、三人で盛り上がりながら袋から料理の材料を出している。
「おい、そこのお前も一緒に作ろうぜ。えっと、名前は・・・」
「聖太だって」
「おう。じゃあ聖太、一緒にカレーを作ろうぜ!」
やはり、マヤにも手伝わす気だったらしい。
ここはそう、お腹すいてないので・・・と言っておこう。
「いや、俺は今お腹すいてないので・・・」
ところで今までマヤは、お腹がすいているのにも関わらず、お腹がすいていないと言う人物が出てくる漫画を何度か見たことがあった。
そういう時はたいてい、ある現象が起こってしまうものなのだが、それがまさにマヤにも起こってしまった。

グー

お腹の音が鳴った。
よくよく考えてみれば今は昼の1時。
朝ごはんを食べたのが5時半なので、7時間ほど何も食べていないことになる。
「別にいいよ。三人で作るから、その後一緒に食べても」
「はぁ? 何言ってんだよ翔。それじゃあずるいだろ?」
「ずるいって何だよ。お前の強制的に手伝わそうとしてるほうがずるいだろ」
「いいや、ここは手伝わす。なっ! 聖也! 一緒にカレー作ろうぜ!」
何が作ろうぜ! だよ・・・
正直、マヤにとってこの三人はうざい以外の何でもなかった。
「包丁は結構あるじゃん。ご飯は冷凍がけっこう残ってるな」
関口亮は適当にキッチンをあさりはじめた。
「じゃあ、翔はじゃがいも、薫はにんじん、俺は肉、聖太はタマネギの担当でよろしく」
結局やらされるらしい。
マヤはしかたなく、関口亮の指示に従った。
お腹はすいているのは事実であるからである。
「こうやって、複数で料理作ってると学校の調理実習思い出すよな」
関口亮がそんなことを言う。
調理実習・・・
ふとマヤは数年前、学校でやった調理実習を思い出した。
あの頃は教室の隅でクラスメートと喋りながら、同じ班の人が作っている料理ができあがるのを待っていただろうか?
あの時は・・・バカなことばっかりやってたな・・・
ふと、手の甲に冷たい水がかかったような気がした。
そんな現象が何度か続いた。
どこから?
と思い、自分の目からと気づく。
タマネギを切ってるせいだな。
マヤはそう思うことにした。

それから1時間ほどして調理が終わった。
「香がいたらもっと早く終わってんけどな」
「今日は来ないんだね」
「なんか、またカツ君と遊んでるらしいで」
「仲いいんだね。その二人」
相原翔と妹尾薫がなにやら話している。
香・・・とは、青木香のことだろう。
そういえば、昔ニュースで女と偽っていたけど実は男だったと言っていただろうか?
その後なぜか、本当は男であるというのが受けて芸能活動は継続。
でも、マヤはそんなことないだろうな・・・。
とマヤは思いながら、テーブルにスプーンを並べていた。
次にカレーライスの入った器が並べられる。
「いただきます」
マヤは一口、口に含んだ。
あまりおいしくない。
でも、なんだろう? この感覚は・・・
ふと、自分の心が変に揺らいでいるのが分かる。
「いやー!それにしても、やっぱりみんなで作ってみんなで食べる料理はうまいな!」
関口亮がそう言う。
それに続いて、相原翔と妹尾薫も「ああ、そうだな」「うん、そうやな」と言う。
ふと、マヤは思う。
もしかしたら、こう、みんなで何かするっていうことは初めてじゃないだろうか?
調理実習はサボってばっかりだった。
仲間とつるんで遊んでいたことはあるが、それとは違う。
今回の場合は、少し意味合いは異なるかもしれないが、達成感がある。
マヤはそう思った。
「な!聖太もそう思うだろ?」
関口亮がマヤに話を振ってきた。
「はい。むちゃくちゃうまいです」
マヤはなぜか泣いていた。

「ただいま」
大室が帰ってきた。
今の時間は夕方。三人は1時間ほど前に帰っていった。
「なんだなんだ? 何かいい匂いがするんだが・・・」
「今日、カレー作ったんです」
「一人でか?」
「いや・・・」
マヤは4人で食べていた状況を思い出しながら言った。
「友達とです」

それから数日後、大室に言われ、マヤは床屋に向かっていた。
髪が伸びすぎたのである。
で、今のマヤの格好は女装していないにも関わらず深く帽子をかぶって回りから顔が分からないようなふうにしていた。
先日の、一見からいつも一人で外出するときにはこうしている。
マヤは誰とも目をあわせずに床屋に向かっていった。
ふと、電気店のショッピングウィンドウが目に止まった。
目の前にはテレビが並んでいて、マヤの姿が映っている。
昔はこの中に自分の好きなアイドルがいた。
もう引退してしまったらしいが。
と、考えているとふと、自分が先ほど歩いた道から声が聞こえてきた。
聞いたことがない男の声。
しかしその声は自分を呼んでいる。
マヤではなく、本名でだ。
「片山君だよね? 片山聖也君・・・」
マヤは振り向いて男の顔を見た。
「植田・・・」
					
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