第4話~選出~
土曜日、とある控え室。
「よし、可愛く仕上げれた」
「やっぱ可愛いよ、飛鳥可愛いよ~」
飛鳥はCM撮影の時と似たような格好をさせられていた。
なぜか、大室と裕司にとってことは順調にすすみ、とうとう、ドラマオーディションの日まできてしまったのだ。
「いいか、真面目にやれよ」
「男が女の子の格好してオーディションを受けること自体、真面目でないと思うのですが」
飛鳥は何かのバツゲームをやらされている気分であった。
「君が言ったとおり中西明日香で登録しているから。くれぐれも一条飛鳥なんて言わないように」
「はい」
もう飛鳥は『はい』と返事することしかできなかった。
ここまできたらやるしかない、それぐらい飛鳥には分かっていたし、逃げ出すつもりもなかった。
とりあえず、大室や裕司にあとで何か言われないように本気でやってみる。
だが実際、飛鳥は女ではなく男である。いくら演技をがんばったって女になることはできない。
そこらへん、審査員だって気づいてくれるはずだ。審査員だってプロなはずである。適当に選んでいるわけではない
飛鳥はそう計算して、途中からオーディションに受けることにした。
ところでこのオーディション。エントリーした人以外は基本、誰でも見学することが可能となっている。
だから、大室や祐司は全員の審査を見ることができるのだけれども、受ける側のほうは、先に受ける人が不利になるためか、オーディションは一人ずつ部屋に入ってやることになっている。
そのため、他の人のレベルがどの程度なのか飛鳥には分からなかった。
「では次、中西明日香さん準備してください」
「はい」
飛鳥、もとい明日香は立ち上がった。
相手役の男の子も準備をした。
幼稚園の時から幼馴染の男の子と女の子。
今までずっと幼馴染、かつ友達としてつきあっていた。
そんなある日、教室ではその二人だけがただ残った状態が偶然あった。
女の子の方は、レポート提出のため遅くまで教室に残って、男の子の方は、教室に忘れ物をしてとりに戻ってきた。
一瞬二人は目が合う。
そして、女の子はレポートができたため帰り支度をし、帰ろうとする。
その後ろ姿を見て、男の子は女の子を引き止めるように言う。
「好きだ!」と。
女の子は一瞬キョトンとするが、すぐに笑顔になり。
「私も大好きだよ」と言う。
そんな設定らしい。
とりあえず、飛鳥は大室に後で何か言われないぐらいがんばり、かつ、審査員が落としそうな演技をした。
そして、あっという間にオーディションが終わり、飛鳥は帰り支度をして一人で帰ろうとした。
「ちょっと待てよ飛鳥」
裕司は飛鳥を引き止めた。
「好きだ!」
裕司は飛鳥の後姿に向かってそう言った。
飛鳥は無視して歩き続けた。
「おい、俺にも「私も大好きだよ」って言ってくれよ」
「言いません、今日も言いたくて言ったわけじゃありませんので」
飛鳥は裕司から離れようと少し早足になった。
だが、裕司もそのペースでついてくる。
「今日のオーディション見てて、正直あの男殴りたくなったよ」
「そうですか、あなたが殴ってくれたら絶対不合格でそれはそれで嬉しかったかもしれませんが」
飛鳥は先ほどよりも早く早足で歩いた。
もちろん裕司もそのペースについていった。
「それにしても今日の演技よかったぞ~あれじゃあ合格は間違いないな」
それを言われて飛鳥は少し立ち止まって祐司の顔を見、また歩き出した。
「まさか。それはないと思われます」
「いやいや、絶対審査員も俺もこの子にあんなこと言われてみたいな~って思ったって」
「審査員はプロですよ。男っぽい演技ぐらい区別つくはずです」
「でも審査員は男だぞ。それで飛鳥は男で、男が思う女の演技をやったわけだから」
「そんなことで合格にするでしょうか?」
「でも、俺は他の女子のオーディションも見てたけど、やっぱ飛鳥だけ何か違うオーラが出てて」
「それってつまり私が男だからでしょ、じゃあダメじゃないですか」
「そうじゃなくて」
「それに私はドラマなんて見ませんし。ドラマを知らない人がオーディションをやって受かると思いますか?」
祐司は少し言葉に詰まった。
「・・・いや、でも」
「言葉に詰まりましたね、では私はまっすぐなんでここで」
飛鳥は少し勝ち誇った顔をしながら家に帰っていった。
対して裕司のほうはしばらくその場所にたたずんでいた。
「褒めてるんだけどな~」
それから1週間が過ぎて、大室がまた飛鳥と裕司の前に現れた。
「よくいつも俺たちを見つけれますね」
「お願いだから住所と電話番号ぐらい教えてよ」
「そんなプライベートなことお話できません、しかもそれほぼ全部じゃないですか。それ以外何を教えるって言うんですか。どっちかだけを言ってください」
大室は前よりも疲れ気味であった。
どうやら、走り回って二人を捜していたようである。
「もしかして、通知が届いたんですか?」
裕司はわくわくしながら大室に聞いた
「ああ、でもまだ封は開けていない。お前開けろ」
そう言うと、大室は封筒を飛鳥に渡した。
「図書券ですか?」
「通知だよ通知。履歴書の住所を俺の家にしといたから俺の家に届いたんだよ」
飛鳥はゆっくりと封を開けた。
その姿を大室と裕司はワクワクドキドキしながら見ている。
飛鳥は封筒の中から一枚の紙をとりだし、見る前に二人にこう言った。
「これが不合格なら、これ以上芸能界入れ入れって言わないでくださいね」
「分かってるって」
飛鳥はその紙を自分だけにしか見えないように見た。
それを見た後、一度眼鏡をとり、眼鏡拭きで眼鏡を拭いて、目をこすり、また眼鏡をかけて、もう一度その紙を見た。
「合格か」
「今のは合格者がする行動だろうな」
二人は嬉しそうにそう言った。
飛鳥は深くため息をついて、
「不合格」
そう言った。
大室と祐司の二人はショックに似た驚きをしているようであった。
「じゃありませんでした」
一瞬、静寂になる。
その言葉で二人は歓声をあげた。
「なんだよもぉ。驚かせやがって。かわいいやつだなぁ」
飛鳥には、喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、よく分からなかった。