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第11話~早退~

「どう思います?き、キスしてきたんですよ?強制的に。犯罪行為だと思いませんか?」
また、飛鳥は大室に愚痴っていた。
「俺のファーストキスもそんな感じだった」
大室はそう飛鳥に言った。
その言葉で大室が自分と似たような経験をし、気持ちが分かってくれると思って、飛鳥は少しうれしくなった。
「その後、キスした女の子に殴られた」
・・・どうやら、裕司と同じ経験をしたらしい。
愚痴を言う人を間違えた、飛鳥はしばしそう思った。
とりあえず、飛鳥は自分自身の心の中で愚痴を言った
「何で、自分の回りの人間は変な人ばかりなんだ?」、と。

次の日、登校中に偶然、飛鳥は裕司と会った。
「あなたなんかに亜子は渡さないわ」
裕司は、飛鳥の横でそう言った。
昨日、中西明日香が出演していたドラマで明日香が言った言葉である
もうこういう経験が何度目かになるので、飛鳥は表情を変えず言う。
「あなたも、よく恥ずかしがらずにそんなことを堂々と言えますね」
「恥ずかしがってるのは、俺じゃなくて飛鳥のほうだろ?」
「ですから、類似した事柄という意味を持つ『も』を使ってるでしょうが!」
少し怒鳴りながら飛鳥は言った。
「何怒ってるんだよ?こないだのキスのことなら謝らないぞ」
「分かってるんじゃないですか。しかも、謝らないんですか?」
「だってあれは、ファンサービスだし。本当ならもうちょっとキスしてるようにうまく見せるはずだったんだよ。でも、できなかったからしょうがない」
つまり、あそこで誰かが「キスしろ」というような感じの言葉を言わなかったら、裕司はしなかったと言っているのだ。
「しかしですね、強制的にキスしたことには変わりないんです。謝ってください」
「ごめんごめん」
全く、感情が入っていなかった。
ただ、これ以上言っても無駄だと思い、飛鳥は諦めた。

学校に着くと、飛鳥は内心嫌だと思いながらも英語のノートを広げた。
「じゃあ、授業を始めようか。僕のお姫様」
誰か、この男の暴走を止めてくれないだろうか?
いつものことながら、飛鳥はそう思った。
でも、裕司の英語の教え方は飛鳥にとって分かりやすかった。
それが、逆に嫌であった。裕司を少しでも必要としている自分が嫌だった。
「ではおさらい、『私は裕司に愛されている。』これを英語にして」
まあ、嫌なのはこういうことを言ってくるという理由もあるが。
「『I am loved by Yuji.』」
「正解。じゃあ次は」
「あの、私が覚えた英語ってもう中学3年生レベルなんですよね?」
「そうだよ。飛鳥は頭いいからすぐに覚えてくれた」
「じゃあ、もう結構です。ありがとうございます」
飛鳥は裕司から英語を教わるのを今日限りにしようとした。
これは、裕司から教わるのが嫌になったからではなく、中3レベルまでいったら、中学に入っても安心できると思ったからだ。
「そうか、今までありがとう」
なぜか、教える立場であった裕司がお礼を言った。
なぜかは、飛鳥はだいたい予想がついたが一応言ってみた
「なぜ、あなたがお礼を言うのですか?」
「さぁ? 何でだろうな?」
その時の裕司の顔は、どことなく悲しそうな表情であった。
その表情を見て、飛鳥は少しだけ胸にトゲがささったような感覚を覚えた。

その日の4時間目のとき。
突然、廊下からドアをノックする音がして、教頭先生が入ってきた。
「松本裕司君はいますか?」
裕司は呼ばれて立ち上がり、教頭先生と一緒に職員室へむかった。
その後、裕司は教室に戻ってこなかった。どうやら、早退したらしい。

放課後、飛鳥は今日も仕事であった
「今日は新商品の携帯電話のCM撮影だ」
最初のCMが人気だったらしく、そのCMの続編をやることになったらしい。
だが、飛鳥はその言葉が耳に入ってなかった。
「おい、聞いてる? 別に言わなくても分かってることだと思うけどさ」
「すいません、もう一度お願いします」
「だ・か・ら、今日は最新携帯のCMだって、前の続編だからそういうことを考えて撮影にのぞんでくれよ」
「はい」
飛鳥は、今日早退した裕司のことがどうも気になっていた。
そういうことを考えていたせいか、撮影は順調にすすまずにいた。
監督にも注意された。
あの時の素人の飛鳥のほうがまだよかったと。

そして、午後5時ごろ、なんとか撮影が終了た、
もともと、昼の設定のため、暗くなる直前だったので、ギリギリだったようだ。
飛鳥は帰り支度をした。
電車に乗って、降りる駅に着いたときはもうあたりは暗くなっていた。
だが、東京では珍しく、空はキレイな星空であった。

飛鳥はとぼとぼ家に帰っていった。
途中、公園の横を通る時、ふと公園内に裕司の姿が見え、飛鳥は近づいた。
飛鳥は無視しようか迷ったが、4時限めに急に早退したのが気になって、声をかけることにした。
「どうしたのですか?」
飛鳥は、空を見上げている裕司を呼びかけた。
誰もいない夜の公園で一人空を見上げている光景は、どことなく不気味であった。
そして、どことなく震えているような気がした。
「飛鳥か、どうしたんだこんな遅く?」
「仕事帰りです」
「そうか」
裕司は飛鳥に呼ばれ、飛鳥のほうを振り向いた。
そして、またすぐに飛鳥に背を向け、空を見上げた。
とりあえず、飛鳥は気になっていたことを聞くことにした。
「今日はどうして、早退したのですか?」
少し、間があいてから裕司は言った。
「実はさ、母さん死んじゃったんだよ。トラックが突然歩道に突っ込んできたらしくてさ。まあ、これでうるさく言われることもないか~」
祐司はおちゃらけるように言った。
だけど裕司が、できるだけ泣かないようにこらえていることは飛鳥にもすぐに分かった。上を見て涙を出さないようにしているように見える。
「どうして、泣かないのですか?」
その言葉で、また裕司は振り返った。
「泣けばいいじゃないですか? 強がり言わずに。泣けばすっきりしますよ」
その言葉で、裕司は耐えていた涙がいっぺんに溢れ出した。
そして、飛鳥の胸にもたれかかった。
「母さんは、女で一つで俺を育ってきてくれて、母さんのおかげで生きてこれて、バスケも続けさせてもらって」
飛鳥は自分の胸にもたれている裕司をだきしめた。
なぜそんなことをしたのか、飛鳥にはよく分かっていなかった。
そして、飛鳥も涙を流した。
					
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