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第1話~芸能界入り~

「やばい漏れそう。トイレトイレ。」
と、尿意を感じつつ、俺は局内のトイレに向かって小走りしている。10メートル先にトイレを発見。
「おっと危ない。男子トイレに入るところだった。」
そして、できるかぎりの自然体で女子トイレに入り、座って用を足す。
少し前まで、女子トイレに入ることに戸惑いを感じたり、入ったとしても立って用を足してしまったために、入れ違いで個室に入った先輩アイドルの江口さんに「あれぇ? 何で友香ちゃん便座あげてるの?」と突っ込まれて冷や汗をかいたこともあったが、ここ1ヶ月ほどはそういうこともなく、自然に女子トイレに入れるようにはなってきた(それでも普段は男なので、今回みたいに間違って男子トイレに入りそうになることはあるが)。

さて、なぜ”男”の俺が”女”として女子トイレに入っているか。事の発端は3か月前、桜も散り、もうすぐでゴールデンウィークということに、少し気分がうきうきしていたある日に遡る。

俺、有川友樹はその日、親友である相場翔太と、学校の下校中にコンビニに寄り道をしていた。
ゲーム情報誌のゲーム通信、略してゲー通を立ち読みして最新のゲーム情報を入手するためだ。
「おぉ! ファイモンの新作の発売日決定したのか! 半年後だって」
コンビニに入ってさっそくゲー通を手に取り、発売日情報を見た俺は隣の翔太に向かって言った。
なお、ファイモンとはファイティングモンスター略で、モンスターを捕まえて戦わせるという、今大人気のゲームシリーズだ。通信機能を使うことにより、それぞれのモンスターを戦わせたり、一緒に協力してダンジョンをクリアするといったこともできる。
前々から新作が発売されるということは分かってはいたのだけれども、発売日はずっと知らされておらず、今回のゲー通が初出だと思われる。
「これは買いだな。発売されたらまた一緒に遊ぼうな。翔太」
「おう」
とは言ったものの、困ったことがあった。
何が困るかと言えば単純な話。このゲームを買う金を持ち合わせていないということだった。その時に持ち合わせていた金は、家にあるものも含めて1000円にも満たない。
ゲー通によると価格は4800円。実際に発売されるときにはもう少し安くなるにしても、4000円が限度といったところだろう。
いや、正確には、現在の1ヶ月の小遣いは1000円なので、半年後だとこのゲームソフトだけだと買えるには買える。
だけど、さらなる問題は、このゲームをプレイするためには、先月発売された新ハードを買わなければいけないということだ。
価格は15000円。どう考えても半年ではその金額は溜まりそうにない。間に誕生日イベントもなければ、クリスマスもお正月もないのだ。
対して翔太は、先週の誕生日にその新ハードを買ってもらったという。なんという裕福家庭! いくら姉と親からの共同のプレゼントだからといって、そんな金額の誕生日プレゼントがもらえるなんて!!
さらに言えば、翔太の1ヶ月の小遣いは3000円と、俺の3倍だ。ああ、うらやまうらやま。
「まあ、すぐにクリスマスや正月が来るわけだし、それまで待ったら?」
とはいうものの、それでも発売されてから2ヶ月近くプレイできないわけだ。そんなの、ネット巡回してたら、いつネタバレ情報を見てしまうか分からない。俺はそこまで待てない!

なんてことを思いながら、翔太がポテチを買い、コンビニを出て二人で家に向かって歩いていた。
そして、どうやって金を捻出するかまだ考えて歩いていた俺の元に、その男は現れた。
「そこの小学生カップルの女の子のほう。ちょっと話したいことがあるんだけど」
なんて声が後ろのほうから聞こえたのだ。
小学生でカップルか。珍しいな。多分、クラスにはいないんじゃないだろうか。いや、イケメンで女子とよく話している枝元ならありえるかも。
なんてことを思っていると、翔太が歩きながら後ろを振り向き、顔を俺の耳に近づけて呟いた。
「もしかして友樹のことじゃねーの?」
いやいやいや。確かに、俺は女顔ということもあってよく女と間違われる。間違われるけど、まさか翔太とカップルに間違われるなんて・・・。
と思った矢先に、後ろから肩を軽く ポンポン という具合に叩かれた。
「君だよ君」
俺のことだったか・・・。

振り向くと、茶髪でシャツをズボンの中にいれていない、どこかチャラチャラした感じのするおっさんがそこにいた。
どこかで見たような気もする。どこだっただろうか。近所のおっさんだろうか。
と思っていると、懐に手を入れて何かを取り出した。それは、白くて四角いもの。人生生きてきて初めて名刺をもらった。
何々? 大室プロダクションの大室哲郎? ん? 大室プロダクション? あの、片橋マヤや小林愛奈や、男だと三木太壱とかいう人が所属している事務所がそういうところだったような・・・。ん? ということはもしかして、
「も、もも、もしかしてスカウト? スカウトってやつですか!?」
「ふっふっふ。そのまさかだよ」
いや、まさかとは言ってないのだけれども。
それにしても、これは驚きだ。まさか俺がこんな学校の帰り道にスカウトされるとは。
「どう? 興味あるならうちの事務所に所属してみない? ゲームなんてすぐに買えるよ」
「やります!やりますとも」
それより、ゲームのことについて話してたのさっきのコンビニ内だけだぞ。その時からいたのかよ。
「まあ、こちらとしても、絶対に芸能人にさせるというわけにはいかなくて、まずオーディションを受けてもらわなければいけないわけだけど」
と言いながら、大室はオーディション会場の地図や日時などの概要が書かれたチラシと、白紙の履歴書を渡してきた。
どうやら、スポーツドリンクのCMのオーディションらしい。ダンスが授業の一環となった今、そのダンスの練習中の休憩時間に飲んでもらおうというPRのCMらしかった。
オーディションの日付は次の日曜日、場所はここから電車で15分ぐらいの所であった。
ということは、簡単なダンスをさせられるのだろか。運動神経はまあまあな俺でも、ダンスならゲーセンのダンスゲームで鍛えているからなんとかなるかもしれない。
「じゃあ、オーディション受付時刻の一時間前に会場まで来てよ。来たら連絡して。電話番号は、名刺に書いてあるから」
と言いながら、大室は颯爽とどこかへ消えていった。
もしかして、スカウトしたのは俺だけじゃないのだろうか。
でもそんなことはどうだっていい。このオーディションを勝ち抜いて絶対に合格してみせる。ファイモンが待ってるんだ!
「おいおい、マジでやる気かよ」
傍らで聞いていた翔太はどうやら唖然しているようだ。何を断る理由があるというのだ。これで、ファイモンが買えるかもしれないんだぞ。こないだだって小遣いの交渉を親にしてみたら「自分で稼げ」なんて言われたぐらいだ。
小学生が稼げるわけねーだろと思ったが、この方法があったのだ。まさに天から降り立った神。
「いや、だってさっきあいつ友樹をおん・・・」
「だってもくそもあるか! 俺はやる。」
でも確かに、何か忘れているような気がする。先ほどまで疑問に思っていた何かが・・・。

と思いながらもあっという間にオーディションの日がやってきたわけだが・・・。
「男なのか・・・」
履歴書を見た大室は開口一番そうつぶやいた。
そうだった。俺、女と間違われて声をかけられたんだった。スカウトされたことに対して感激してすっかり忘れていた。
「今回のオーディションの絶対条件は、10歳から15歳までの女の子というのが絶対条件なんだけど、どうする?」
いやいやいや、どうするたって・・・。
「他に、男のオーディションというところはないでしょうか?」
「素人が参加していいというところでは俺は知らないなぁ。まあ、そんなのあったとしたら、俺は君より、君と一緒にいた親友をスカウトするけど」
だろうな。いや、少しはそう思ったんだよ。なぜ翔太じゃなくて、俺なのかって・・・。
よく見たら大室に渡されたチラシにも、"参加条件:10~15歳の女子"と書かれていた。ちゃんと読めよ俺・・・。
はぁ・・・。俺のファイモン。せっかく手に入ると思ったファイモンが・・・。神は持ち上げて落とすのか。ひどい。
「だから、どうするの?」
大室は先ほどと同じことを聞いてきた。どうするたって、帰るしかないじゃないか・・・。夕焼けの中、俺はファイモンに分かれを告げて買えるんだよ。ああ、悲しき俺の人生。
もう正直、悲観的になってしまい、俺はもう何も考えられなくなってしまった。そんな中、大室が思いもかけない提案をしてきたのだ。

「女の子として芸能界に入ってみるつもりはある?」

・・・・・・。

ああ。そういえば、子どもお笑いコンビの「かおるり」の片っ方が人は変わってないのに、いつの間にか女から男になってたっけ。そういえばあの二人も大室プロダクションだったような・・・。
「いやいやいや、確かに俺は女顔だし、声変わりもしてないから女みたいな声ですよ。髪だって散髪代ケチって3,4か月に一度しか切りにいかないから、肩まで届きそうなぐらい伸びてるし。いやでも、さすがに女としてやっていくのは・・・」
「ファイモンほしくないの?」
「ほしいです」

幸いにして履歴書は鉛筆で書いていたため、消しゴムで名前や性別欄を消すことはできた。名前は考える暇もなさそうなので、単純に最後の『樹』を『美』にして、『有川友美』とした。
なお、大室によると履歴書を鉛筆で書くなんて常識としてアウトらしい。受付までの残り30分に、ボールペンで書き写せとのことだ。
「ところで、カツラ、というかウィッグはあるんでしょうか?」
「そんなものはない」
くそくそ。やってやるぞ。やってやるんだ。ファイモンのために。


その後は思った以上に順調に事が進んだ。
オーディションは見事合格し、CMに出演。CMもかなり話題になり、一部のテレビ番組では、CMにでていたあの子は誰なのか調査するといったコーナーもいくつかあったぐらいだ。
ウィッグはなしなので、すぐにクラスメイトにもバレたが、あの時のからかわれ様はあまり思い出したくない。今でもテレビに出るとからかわれるのだが。
ビックリしたのは親の言動だ。「じゃあ携帯代はもう払わないよ」と言って反対も賛成もしなかった。ここは反対するところじゃないのか? まあ、「家にもお金いれるんだよ」よりはマシか。実際、賛成するとしたらそう言われると思ったし。


「もう3か月たつのか」
俺はトイレの中で、鏡の中の『有川友美』を見てふとそう思った。
もう、ファイモンも、ファイモンをプレイするのに必要なゲーム機本体も買うのに十分なお金が貯まった。
やめていいなら今すぐやめたいが、そう簡単に言ってもいられない。
オーディションに合格したときに大室に、「最低でも1年稼がせてもらう」と念を押されたぐらいなのだ。
まあ、それも仕方ない。ファイモンを買えるお金を貯めさせてくれた恩返しといったところだ。
そう考えながら俺は、ハンカチで手を拭きながらトイレを出た。
そして、そのハンカチをポケットに入れようとしていたその時だった。
「あ、あの・・・」
誰かの呼ぶ声がして後ろを振り向いた。
「始めまして。卯月愛梨です。本日はよろしくお願いします。」
と、ご丁寧に深々と友美に向かってお辞儀をしている子が一人。
そしてその子、愛梨は顔をあげ、俺と目を合わせた。
その時の俺の第一印象はこうだ。
――すごいキレイな子。
胸ほどまであるツヤツヤの長い髪に綺麗な肌。大きく息を吸い込むと、シャンプーのにおいでもしてきそうな、そんな雰囲気を醸し出している。いや、もちろんしないが。
だいたい俺は、普段から男友達としか共に行動をすることがないので、こうもキレイな女の子に声をかけられるという経験はもしかしたら初めてかもしれない。
やばい。もしかして俺今、顔赤くなってる? 変な人だと思われてなきゃいいが。
「えっと、今日のオーディションの子?」
「は、はい! わたし、有川さんに憧れてこの世界に入ろうと思ったんです。まさかこうしてバッタリと鉢合わせできるなんて」
「それはうれしいな。ありがとう。こちらこそよろしくお願いします。」
といって俺も頭を下げた。これ以上見つめられると顔が火照ってしまいそうだ。
ところで今日は、ある携帯電話のCMのオーディションである。が、友美はオーディションに出ない。なぜなら、最初から友美が出演することは決まっていたCMだからだ。じゃあ何のオーディションかというと、その相手役、携帯電話で話す相手の役を決めるオーディションだ。具体的にいうと、友美の友達という設定の女の子役のオーディションが行われていた。
時間からして先ほど一次審査が終わったはずで、次に二次審査が行われる。二次審査では友美も審査することになるので、その前に用を済ませておいたところだ。
それにしても友美に憧れてこの世界にって・・・。まだデビューして数か月しかたってないのに、そんな子も出てくるもんなんだなぁ。

「じゃあまた後で、よろしくお願いします」
そう言って、愛梨は小走りに会場に向かって行く。
なんだか胸のあたりがムズムズする。もしかしてこれが恋というものなんだろうか。キレイな子だったなぁ。俺の好みにストライクだ。俺にあこがれてるのかぁ。もしかしてこれって両想いなんじゃないだろうか?
って、ダメじゃん。俺今、女じゃねーか。くそ、どうせなら男としてあの子に出会いたかった。
そう思いながら俺も小走りで会場に向かって行った。
					
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