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第7話~ゲームの発売日~

愛梨との初デートから1週間が過ぎた土曜日の午前9時半、俺はある家電量販店の行列に並ぼうとしている。
この日を半年前から待ちわびていた。芸能界なんて世界に入ったのも、この日のためなのだ。
今日はファイモンの新作の発売日。待ちに待ちに待ちに待った日なのだ。
オープン30分前だというのに、すでにかなりの客が並んでいた。ここは予約だけしか取り扱っていないというのに、もうここまで並んでいるとは。
さすがファイモン。伊達じゃない。こりゃオープンしてもなかなか店に入れそうにないな。
ところで、どうせなら翔太と一緒に来ようとしていたのだけれども、翔太はどこで買うか聞いてきたうえで、「悪い。違うところで予約してるから」と言っていたため一緒には来ていない。
だいたいゲーム買うとしたらここなんだけどなぁ。高還元ポイントなうえに、価格も安いし。いったいどこで買うんだか。
まあどこでもいいか。買うことに間違いはないようだし。
買ったら翔太と対戦しまくるぞー。

ふと前を見てみると、携帯ゲームをして暇をつぶしている人が何人かいる。というより、むしろそっちのほうが多いぐらいか。
まあ、俺も何かゲームでもやって時間をつぶすとしますか。
と思い、カバンからゲーム機をとりだそうとすると、先ほど俺の後ろに並んだであろう男から肩を軽く叩かれた。
「友美ちゃんだよね?」
男は俺にしか聞こえない声でそう聞いてきた。
まずい。バレたか? 一応、帽子かぶったりダテメガネをつけたりと軽い変装はしているのだけれども・・・。だいたい、今は友樹なので男っぽい服装だ。
とりあえずここは友美ではないということを貫こう。
「人違いじゃないですか? 俺、男ですし」
とりあえず、友美の時には出さない、低い声でそう言ってみた。これでなんとかごまかせるといいのだけれども。
「いや、ごめん友美ちゃん。俺だよ俺。黒瀬拓海」
なっ!?
その言葉にビックリした俺は、その男の顔を見ることにした。
確かにそこには、先日一緒にゲーセンに行った時のような服装をしている拓海の姿があった。
「ち、違うよ。嘘だから。男っていうのは嘘で・・・」
「分かってるって。そんなに慌てていうとその言葉が嘘みたいだよ」
拓海はクスクスと笑ってそう言った。
墓穴ほってるじゃねーか俺。
「普段、変装する時はそういうボーイッシュな服装なの?」
「う・・・うん。だいたいそうかな。髪も短いし。」
「こないだ一緒にゲームセンターに行った時にはもう少しかわいい格好してたよね?」
「あ・・・あれは・・・」
友美として行ったから。なんて言えるわけもなく、結局、
「拓海と行ったから」
なんてよく分からない回答をしてしまった。
「そ・・・そうか・・・」
と言って顔を赤くする拓海。なんだかいろいろとやばい気がするが気のせいということにしておこう。
「それにしても、すごい列だね。人気なのは知ってたけど、ここまで並ぶとは思ってなかったよ」
「前からかなり期待されてたからね。拓海はやったことないんだっけ?」
「そう、これが初めて。前に友美ちゃんがオススメしてたから気になってね。」
そういえばそんなこと話したっけ。3ヶ月ぐらい前に喫茶店で。
ん? そういや初めてだっていうけど、ルール分かってるのか?
「そういえば、ルールって分かってるの?」
「簡単にはね。モンスターを戦わせるゲームでしょ?」
「まあ、簡単にいえばね」
あ~。この感じじゃあ分かってなさそうだなぁ。仕方ない。教えてやるか。
「今日は、ゲーム買った後はどうするの?」
「とりあえず、うちに帰ってゲームしようかなって思ってる」
「ふーん。なら今日は暇なんだね」
「えっ・・・」
「いや、ルールそんなに分かってなさそうだし、一緒にレストランでも行ってやってみない? こっちも一人でやることになるからずっと見るのは無理だけど、分からないことあったらすぐに質問できるようにはするし」
「い・・・いいの?」
「いいよいいよ。いつもお世話になってるし。こないだの服のお礼もしたいしね」
こんなのがお礼になるのかは分からないけど。
「じゃあ、お願いしようかな」
はにかんだような顔をしながら拓海はそう言い、その姿を見て俺は胸のあたりがチクっと痛んだ。
悪いことしてないのに、悪いことしているようなそんな感じ・・・。
「ただいまよりオープンします!」
入り口のほうから店員のそのような声が聞こえ、それからゆっくりと列が進んでいった。

列は順調に進み、レジまで行ってゲームを購入した後は拓海と一緒に近くのレストランによることにした。
とりあえず、最初はさすがに自分でゲームをすすめるように促し、分からないところがあれば質問してもいいということにした。
とりあえず、電源を入れて俺もゲームの電源を入れる。
初めての起動はオープニングを飛ばさずに見、『はじめからはじめる』を選んでゲームをスタートする。
いつものように、このゲームにでてくる博士による、このゲームの解説から始まる。
主人公の性別を決める画面になり、男とする。って、間違えた。ここは女じゃないと。
やり直して性別を女にし、名前を決める画面になる。うーん。まあ、普通に『トモミ』でいいか。
そして物語は始まる。まずは主人公の家にいて、草むらにでも入ればいいのかな? よし、思った通り。
その後はモンスターを一匹もらい、ライバルと対戦して勝ち、となり町に行く。
おっ! なんだこのモンスターは! ゲー通にも載ってなかったぞ。迷わず弱らしてゲットする。
ふぅ。ここまでで結構時間たったなぁ。30分ぐらいか。
拓海はというと・・・。なんか困っている様子だ・・・。
しかたない。助けてやるか。
「大丈夫? 分かる?」
「ああ・・・。いやそれが、名前決めて家にいるのは分かるんだけど、どうやって出ればいいのかわからなくて」
そこからかよ!
確かに自分も初めてやったときは少し分からなかったけど、そんなに時間かかるところじゃないだろ!
仕方がないので、向かい合わせから隣の席に移動し、画面を見ながら説明することにする。
「そこを下に行って、そしたらほら、そこだけ模様が違うでしょ。そこを下に行ったら、ほら出れた。次は草むらにいって・・・」
こんな調子でゲームを進め、2時間後、お昼時となって客も多くなってきたので店をでることにした。
「えっとお金お金」
「いや、いいよ。俺が出すから」
「いやでも、前も奢ってもらったし、悪いって」
「いいのいいの。今日はいろいろ教えてもらったし、こういうのは男が出すもんでしょ」
「そ・・・、それじゃあお言葉に甘えて・・・」
何だか胸が痛む。奢るほうなのにうれしそうな拓海の顔を見るとさらに胸が痛んできた。
その後、店をでてどこかゲームをするのにいい場所がないか考えていると、拓海が先に話しかけてきた。
「ごめん。実は今日、この後仕事で・・・」
「あっ。そうなんだ・・・」
売れっ子タレントは大変だなぁ。もう少し遊びたかったので少し残念だ。拓海も残念そうであった。
「じゃあまた、今度ゲームしようよ。来週の土曜日は?」
「その日なら大丈夫」
「じゃあまた、今度ね」
「うん」
とりあえず今日は家に帰って、一日中ゲームするか。と思いながら家に帰ろうとすると、
「ちょっと待って友美ちゃん」
という拓海の声で振り向いた。
なんだか先ほどと顔つきが違う。やけに真剣な顔だ。
「前からいつか言おうと思ってた。けど、言えなかったことがあって・・・」
「な・・・何?」
なんだ・・・。なんだこの嫌な感じは・・・。これ以上、話を聞いちゃいけないようなそんな気持ちは・・・。
「俺、俺最初にあった時から友美ちゃんのことが・・・」
「あっ!! そうだ!!」
「ど・・・どうしたの?」
「あたし母から買い物頼まれてるんだった。まずい! 早く帰らないと! ごめんね、じゃあまた今度!」
「う・・・うん」
そう言って、俺は早足で拓海のもとから離れていった。

次の日の日曜日。
俺は携帯電話のCMの撮影の仕事のために、スタジオに向かっている。
昨日、拓海が何か話そうとしたのを遮って帰ってしまった心残りはあるものの、今回はさらに先週のデート以来会っていなかった愛梨と会うことになるので、どうも胸がそわそわする。
やっぱり、会ったら謝ったほうがいんだろうか。いや、だろうかじゃない。謝ろう。
そうしないと俺の気分まで治まらない。
というわけでスタジオに到着すると、俺は愛梨との共同の控え室のドアをノックし、扉を開けた。
中に入って見てみると、愛梨はちょうど扉と反対側の壁にもたれかかりながら地べたに三角座りで座っていた。扉をあけて中に入った俺とはちょうど向かいあう形となる。
「おはようございます」
今の挨拶は愛梨の声だ。愛梨は先ほどうつむき加減であったようなのだけれども、俺が入ってくるのを認識すると顔をあげて、そう挨拶した。
いつもと変わらない挨拶だ。
「お・・・おはよう・・・」
愛梨はいつもどおり挨拶してくれたというのに、俺はまだどこか戸惑いながらの挨拶となってしまった。
だいたいなんでそんな座り方なんだ。隅っこで壁にもたれかかって、しかも挨拶を返すとまたうつむき加減となった。
やっぱりまだ拒絶されてるんじゃないか。でも、それならさらに謝らなければいけないじゃないか。よし・・・。謝ろう。
「あ・・・あの・・・」
「何?」
愛梨がこちらに顔を向けてくれたのを確認して少し深呼吸する。
「こないだは、ごめん・・・」
俺は上半身を90度近く前方に傾けながら、そう言った。
「強引だったと思う。無理やり、キスしようとして・・・」
「ううん。あたしも突き飛ばしちゃってごめん。もう少し早く言えばよかったと思う」
「いや、そんなことないよ。俺が悪かった」
「そんなに謝らないで。もう、大丈夫。気にしてないから」
やっぱり、愛梨は優しい。ただ、優しすぎてなんだか辛い・・・。本当にこれでいいんだろうか。
「そ、それよりほら、あたし昨日、ファイモン買ったんだ。一緒にやらない?」
と言いながら、俺の視界からはよく分からなかった愛梨の手から携帯ゲーム機を見せられた。
なんでこんな座り方なのかと思ったら、ゲームをしてたのか。
「愛梨も好きなの? ファイモン」
「うん。ずっとこのシリーズのゲームは買い続けてるぐらい好き」
愛梨もこのゲームが好きだとは知らなかった。ちょうど俺のカバンのなかにもそのゲームが入っているので、それを取り出した。
「俺もこのゲーム、昨日並んで買ったよ」
「じゃあ、仲直りのしるしに、一緒に対戦しよ」
「うん」
そうして二人は撮影の時間までゲームをすることになった。
愛梨は俺と同じぐらいゲームをすすめているらしく、ちょうど俺と対戦するのにいい感じのレベルであった。昨日、家に帰ってから寝るまでほぼずっとゲームしていた俺と同じぐらいって、かなりやりこんでるなぁ。
って、あれ?
「主人公、男を選んだんだ」
「う・・・うん・・・」
途端、愛梨は少し顔を赤らめる。
そして、ゲームにはその主人公の名前が表示される。
「!!」
俺はその主人公の名前に驚いた。なんと、その名前は、
「えへへ。トモキって名前にしたの」
トモキなのだ。
や、やばい。これは超絶ヤバイ。ものすごいうれしいんだけど、ものすごい恥ずかしい。
悶え死ぬかもしれない。
「あ・・・ありがとう・・・」
よく分からんが、俺は愛梨に感謝した。
それにしても、何だか変な感じだ。男の俺が女主人公で、女の愛梨が男主人公で。
せめて俺も、主人公の名前をアイリにすればよかった。
そうして二人で、時間も忘れてゲームをした。大室さんに怒られたのは言うまでもないことかもしれない。

次の日の月曜日。
普通に学校の授業があり、放課後となった。
とりあえず、翔太に声をかけることにしよう。
「翔太!」
「何だよ?」
やけに無愛想な顔で返事をする翔太。まあいつもこんな感じか。
「今日、放課後時間ある? ファイモンやろうと思って」
「ああ・・・。ファイモンか・・・」
おいおい、一昨日の今日が発売だったんだぞ。他に何があるというのか。
「いや、ちょっと今日は・・・」
なんだか曖昧な返事だけど、今日は無理らしい。
「じゃあ、いつならいいんだよ? ファイモンは買ったんだよな?」
「・・・」
翔太はしばらく考えるそぶりとなって、こう答えた。
「取り上げられた」
「・・・・・・・・・はっ?」
何を言ってるのか分からず、こちらも間抜けな返答をしてしまう。
「親にとられたんだよ。ゲームばっかりしてないで勉強しろって。もうすぐ受験だしさ」
多分、俺は呆然と立ち尽くしているんじゃないかと思う。正直、何を言っているのかよく分からない。
「いや、だって今年いっぱいは大丈夫だって言ってただろ?」
「それは、4月の話。さすがに、受験にもう半年もないってなると親も考えを変えたらしくてさ」
おいおい何だよそれ。
「なんとかならねーのか?」
「ならねーよ。」
「俺も一緒に交渉してみるからさぁ」
俺がそう言うと、翔太は軽く舌打ちをして、少し大きめの声でこう言った。
「しつこいんだよ!」
心臓がドキッとした。なんだか分からんが、怒ってるようだ。
「そんなにやりたきゃ、彼女とやればいいじゃねーか」
「なっ・・・」
なんだよその言い方・・・。
「じゃあ、俺は先に帰るから」
そう言って翔太は一人で帰ってしまった。

ああ、ダメだ。まだ思い出すと腹が立ってくる。
翔太とちょっとした言い争いになってから5日すぎたが、まだその腹の虫が収まらなかった。
俺は、翔太とファイモンをやるために女装して芸能界やってるようなもんなんだぞ。なのに、いまさらできないだと? ふざけるなよ。
そりゃあ、親がそう言ったらそうするしかないのかもしれないけど、ゲーム自体は買ったんだろ。あいつはそんなので我慢できるのか?
いや、100歩譲ってゲームができないことはしかたないとしよう。でも、なんだよあの「彼女とやればいいじゃねーか」って言い方。
そりゃ、愛梨だってファイモン持ってるんだから一緒にできるよ。でも、それとこれとはわけがちがうだろうが。
ああ、考えてるとまた腹立ってきた。
「大丈夫? 今日、機嫌悪そうだけど」
向かいにいた拓海にそう言われて我に返った。
「ごめんね。ちょっと、友達と喧嘩して、腹の虫が収まらなくて。」
「友達? それって、愛梨ちゃんのこと?」
「いや、いやいやそっちはノープロブレム。学校の友達のことで。前からファイモン発売されたら一緒にやろうって約束してたのに、されたらされたで親に取り上げられてできないって」
「ああ。それは残念だね」
「そう。そこまでなら残念で終わってたのに、あげくの果てに"愛梨とやればいいだろ"って。愛梨は関係ないでしょって・・・」
「そうか・・・。でも、それは嫉妬してるんじゃないの?」
拓海の言葉は俺には思いがけなかった。
「嫉妬?」
「そう。芸能界に入って、芸能人になった途端、愛梨ちゃんと仲良くなってるのを見て、その友だちは愛梨ちゃんにたいして嫉妬してるのかも」
嫉妬かぁ。それは考えなかったなぁ。
確かに、ゲーセンの誘いよりもデートを優先したから、そう考えてる可能性もなくはないが。
いや待てよ。愛梨にたいして嫉妬してるんじゃなくて、俺に嫉妬してるんじゃないのか?
本当は翔太は愛梨のファンとか。そういえば、愛梨の名前もやけに早くに知っていた。CM見て気に入ってわざわざ調べたんじゃないだろうか。
「そういえば、愛梨ちゃんもファイモン持ってるの?」
「うん。あたしもこないだ知って・・・」
ん? そういえば何で翔太は愛梨がファイモン持ってることしってるんだ? 何かテレビやラジオで言ってたのか?
でも、発売日はゲームをやりこんでいて仕事なんてなかったとおもわれる。次の日にあったときには、俺と同じレベルまで行ってたのだから。
日曜日はずっと俺との撮影だったし・・・。
まあ、予約したということを前にどこかで言ってたのかもしれないし、そう深いこと考える必要もないか。
「それより、人増えてきたから、そろそろ出ようか」
「そうだね」
さすがに今日は特別何もしてないということで、こちらから強引に割り勘にしてもらった。
店を出て冷たい風を感じる。だいぶ寒くなってきた。
「今日は、俺も仕事休みなんだけど、よかったらまた前に行ったゲームセンターに行こ」
「いいよ。実力も確認したいしね」
というわけで、二人でゲームセンターに行く事になった。
拓海は一人で特訓していたらしく、かなり上達している。
「早く、友美ちゃんのレベルに追いつきたいしね」
「そうすぐには追いつかせないよ」
とは言ってみたものの、確かにこの上達は速い。すぐにでも追いつかれそうだ。
「こうやって、友美ちゃんとゲームするのってすっごい楽しいんだ」
一つゲームの決着がついてから、拓海は急にそんなことを言い出した。こちらも適当に相槌をうつことにする。
「うん、あたしも楽しいよ」
そう言いながら、俺はゲームをつづけようとする。
しかし、拓海はそれを制して俺と向かい合いあって、こう言った。
「好きなんだ。友美ちゃんのことが」
俺は、その真剣な眼差しを見ながらも、何も言えないでいた。
					
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