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第4話~クランクアップ~

「みなさん3か月と短い間でしたがお疲れ様でした。乾杯!」
と、ドラマの監督が言った後、出演者やスタッフみんなはそれぞれグラスを付き合い、威勢よくジュースを飲んだ。もちろん俺もコーラを口に入れていく。この喉にくるシュワシュワ感がたまらない!
俺(友美)が出演している夏休み用昼ドラマ、『スクーラーライフ』は今日を持ってクランクアップとなり、すべての撮影が終了した。
最終回が放送されるのは2週間後のことだけれども、とりあえずこのドラマの仕事はこれで終わりだ。
思えば、このドラマのオーディションを受けたときはまだ少し、女装して仕事をするのに抵抗があった時だった。まだデビューしてすぐだったからなぁ。ちょうどデビューのCMが話題になっているころだった。
女装してっていうのもそうだけど、女子と一緒にっていうのもなんだか気が引けた。昔から男とばっか遊んできたから、女子には慣れてなかったんだよなぁ。
そういうわけもあって、拓海とよく話すようになった。拓海も親切に演技の指導をしてくれて、そのおかげで俺もだいぶ演技が上達したんじゃないかと思う。
「お疲れ」
と、ちょうど考えていたら、当の拓海が横にやってきた。
「あっ、お疲れ様です。3か月間ありがとうございました。黒瀬さんの演技指導のおかげでなんとかここまでやってこれました」
「ありがとう。でも、俺にたいしてはもうそんな敬語使わなくていいよ。友美ちゃんもドラマをクランクインからクランクアップまでやりとげれたわけだし、もう立派な役者でしょ。同い年だし、俺のことも拓海でいいよ」
おお、それはありがたい。俺も同い年の男にたいして敬語使うのはどうも違和感があったところだ。
「じゃ、拓海で」
「う・・・うん」
拓海はどこかぎこちない反応をした。
何だその反応。もしかして、いきなり呼び名変えるのはまずかっただろうか。一度ぐらい拒否しといたほうがよかったのかな。
照れてるようにも見えなくないけれども。
そうやって拓海に何か言った方がいいのか考えていると、監督があることを言い出した。
「じゃあ、一人1000円ずつで」
「なっ!?」
俺だけじゃなく、周りのみんなからもブーイングの嵐だ。
「これでもかなり安くしてるんだぞ。仕方ない。500円に下げよう」
まあ500円ならいっか。1000円とか、家族で外食に行ってもそんなに食べないぞ。
あれ? 俺だけじゃなくてみんな500円ならと出しているようだけど、最初から500円と言われていたらブーイングは起きなかったのだろうか。まあいいや。
まあそんなわけで、俺はポケットから財布をとりだし、小銭入れから100円玉4枚、10円玉5枚、50円玉1枚を取り出して渡した。「細かすぎだろ!」と突っ込まれたが気にしない。
その後すぐ、先ほどのコーラが尿意となって襲ってきたのでトイレに行くことにした。

女子トイレの個室で尿を足しながら、俺は愛梨について考えていた。
先日、翔太に「告白してみることにする」と言って、それ以来一度愛梨にあったものの、どうにも告白する勇気がでなかった。
大室によると今度、二人を集めて何かするということだけど、次のチャンスといえばそれになるのだろうか。でも、次にまた言えるのかどうか自信がない。
と、トイレで長いこと考えていると、共演者の女子二人の声が聞こえてきた。里奈と麻衣という名前だったっけ。まあ、名前はともかく、こないだもトイレにこもっているとこにこの二人の話が聞こえてきたのを覚えている。そんなトイレで話さなくても。
「それにしても、今日も拓海君アプローチしてたね」
「うん。でも、あの子のほうはなんか友達感覚って感じだよね」
「うんうん。もうああいう鈍感な子には、遠回しにしちゃダメだよ。拓海君ももっと直接的に言わなきゃ相手に伝わらないよ」
「そうそう。好きです付き合ってください! って。あそこまでアプローチできるなら言えそうなもんだけど」
「振られるのが怖いのかな?」
「でも、怖がってるだけじゃ何もすすまないよ。自分で気持ちを伝えなきゃ胸のモヤモヤは消えないだろうし」
また拓海についての恋話か。前にも思ったが、拓海が誰のことを好きかなんて別にどうでもいい。
でも、今の言葉は俺についてもあてはまる。俺も、やっぱり自分の言葉で愛梨に直接気持ちを伝えるしかないのだろう。
よし決めた。今度こそ愛梨に俺の気持ちを伝えよう。
そう思い直して俺はトイレをでて、ふと思った。
あれ? 今日、里奈と麻衣以外に女子っていたっけ? と。
まあ、俺の知ってる人とは限らないか。と思ってみんなの元に戻ろうとすると拓海がこちらに駆け寄ってきた。
拓海はカード状の何かを手にもって俺に突き出した。
「これ、さっき友美ちゃんの財布から落ちたみたいなんだけど」
それは、いつも通っているゲームセンターのメンバーズカードであった。
表にはある文字がはっきりと書かれている。

『有川友樹』

やばい。これはかなりやばい。体全体から冷や汗がでているのを嫌でも感じた。
それより、この感覚なんていうんだっけ。前にもあったような感じの・・・。そう、デジャブだ。
愛梨に連絡帳を見られたときと同じじゃないか。バカだろ俺。
仕方ない、ここはあの時と同じように、誠心誠意謝るしかない。
愛梨もすぐに謝ったから許してくれたのかもしれないのだから。
「ごめ・・・」
「友美ちゃんって兄弟いるの?」
思いもかけない質問に思わず、「えっ?」という間抜けな声が出た。
「ほらそのカード、名前が一字違いで・・・えっと、男の名前だよね?」
どうやら、『有川友樹』というのを、俺自身ではなく、俺の兄弟だと思っているらしい。
「そ、そうなの。兄が一人いて、もうゲームセンターにはいかないからって譲り受けて。もう、親も一字違いでつけるもんだから、ややこしいのなんの。付けた親がよく呼び間違えるし」
実際、俺には『友弘』っていう兄がいるから兄がいることと一字違いというのは嘘ではないのだけど。
それにしても本当焦った。自分から男だっていうところだった。兄弟と勘違いしてくれるなんて本当よかったよ。
そういえば、愛梨も連絡帳見つけたとき何か言おうとしてたけど、もしかして兄弟がいるのかって聞こうとしたのだろうか。
まあ、あれは連絡帳だしさすがに言い逃れできないか。
「ゲームセンターかぁ。俺は全然行ったことないんだよなぁ。今度、行ってみようかな」
「じゃあ、このゲーセンの場所がオススメかな。広いし、最新機種もそろってるし」
「そうか。じゃあ、一緒に・・・」
「オッケーいいよ。スケジュールの都合もあるから、よさそうな日に連絡して」
「・・・うん」
男だってバレそうだったけど、一転してゲーセン仲間が増えるとは。思ってもみない幸運だった。


そして夏休みももうすぐ終わるというころ、俺は大室に呼ばれて事務所に来ていた。愛梨も一緒にいる。
今はグランドピアノがある部屋で3人が立っているところだ。大室がグランドピアノの前にたって、その向いに俺と愛梨が並んで立っている。
「今日、二人に来てもらったのは言うまでもない。ユニットを結成しようと思っている」
ま、まさか本当にユニット名を『ユウアイ』なんてものにするつもりじゃ・・・。と思ったらそのまさかであった。
「ユニット名は『ユウアイ』だ。どうだ。なかなかいい名前だろ」
いやいや、いい名前かどうか以前に、安直すぎるだろ。
「最近は違う事務所同士グループを結成するのも珍しくないようだしな。そのうち、220人とか284人とかの大グループも視野に入れている」
なんでそんな中途半端な数字なんだよ! だいたい多すぎだろ!!
ああ、もうなんか突っ込みを言う気力さえ起きてこない。
でも、さすがにこのまま本当にユニットを結成されてはまずい。
「あの、俺歌はちょっと・・・」
と、軽く断ろうとしたら、
「俺っていうな!! 愛梨に男だってバレたらどうするんだ!」
と言って、どこから取り出したか分からないハリセンで叩かれた。何でそんなの持ってるんだよ!
だいたい、男ってバレたらどうする! ってその言葉でバレるだろ!
「あの・・・もう男の子だってことは知ってるので・・・」
「そうか」
いやいや待てよ。そういや俺こないだ愛梨にバレたってことを報告したぞ。分かってて言ったのかよ。なんなんだこの人は。
「とにかく発声練習だ。俺だって素人のお前らにいきなり歌わせてデビューさせるつもりはない。」
いや、そういう問題じゃなくて・・・。と言おうとしたが、大室はそのまま話を続けた。
「じゃあ、俺がピアノ演奏するから、それに合わせてラララ~って言うこと。じゃあまずは卯月愛梨から」
「は・・・はい」
そして大室が演奏して大室がそれに合わせてくちずさみ、「はい」と言って愛梨が口ずさむ。
「ラララララ~♪」
大室の手が止まった。
愛梨の声は透き通るようなキレイな声であった。発声練習だけで分かる。愛梨は歌がうまいと。
大室も続けて発声練習をしようか終始悩んだようだが、「一度歌ってもらうか」と言って愛梨に歌える曲を聞き、その曲を演奏した。
愛梨は照れながらもその演奏に合わせて歌う。
「やべぇ。歌うめぇ。」
予想通り、愛梨は歌がうまかった。
と、その時俺は、急に鼓動が速くなるのを感じた。多分、さらに愛梨に対して惚れているのだろう。ちょっと違うような気もするが、多分そうなのだ。
「オッケー。こりゃすぐデビューしてもいいレベルだな」
「ありがとうございます」
愛梨は丁寧にお辞儀をした。俺も大室のいうとおり、すぐデビューしていいレベルだと思う。というより、ソロでデビューしたほうがいいんじゃないか?
「じゃあ次、友美」
とうとう俺の番が来てしまった・・・。
「あの、やっぱり歌はちょっと・・・」
「なに大丈夫。愛梨ぐらいのレベルは期待してないから。うまい人の次だとプレッシャーも感じるだろけど、俺は比較するつもりないから」
「いやでも、愛梨一人でデビューしたほうがいいような・・・」
「バカヤロー。愛梨はうちの事務所じゃないんだぞ。いいから早く準備して。発声練習から。」
俺の抵抗もむなしく、大室は演奏を始めた。
しかたがない・・・。
「ら゛ららら゛ら~」
先ほどの愛梨の時と同じように大室の手がとまった。大室がこちらを睨みつけるように見てくる。
「ふざけてんの?」
「ふざけてません! 根っからの音痴なんです・・・」
だから歌いたくなかったのに・・・。
これが大室と二人の時ならともかく、愛梨も一緒なんて・・・。恥ずかしい・・・

結局、その日はずっと俺の発声練習だけで仕事が終わり、愛梨はただの見学者のようになってしまっていた。
「せっかく『ユウアイ』なんていうすばらしいユニット名を思いついたのに・・・」
と、最後に大室は落胆していたが、まあそんな名前のユニットが世に出ないだけよかったのかもしれない。
で、今は事務所の控室に愛梨と一緒にいる。
今日は特別着替える仕事ではなかったので、何もせず帰ってもよかったのだけれども、こないだ大室が大阪に行ったときに買ったというポップコーンを差し入れとしてもらったので愛梨と食べているところだ。
そういえばさっきもハリセン出してボケた突込みをしてきたけど、何か大阪に影響でも受けたのだろか。
それにしてもこのポップコーン、お土産に買ってくるだけのことはある。映画館で売ってるのと段違いでうまい。何々? ポップコーン・パパという会社が作ってるのか。東京進出しないだろうか。
って、こんなのんきにポップコーンを食べてる場合ではなかった。今日こそ愛梨に告白する。こないだそう決意したじゃないか。
ふと、愛梨のほうを見てみると、愛梨も黙々とポップコーンを食べている。まあ、それぐらいしかすることがないのだけれども。
途端、愛梨と目が合う。
「おいしいね。これ」
愛梨が親指と人差し指でポップコーンをつかみ、俺の顔を見ながらそう言った。
俺もまたポップコーンを食べる。さっきより甘く感じる・・・。
「うん」
俺はそれだけしか言えなかった。
愛梨を見つめながらまたポップコーンを食べる。さらにポップコーンを食べて、また食べて・・・器からはポップコーンがなくなった。
「ごちそうさまでした。じゃあわたし、帰りますね」
愛梨はそう言って、扉のほうへ歩いていった。
俺は愛梨の後ろ姿を見ながら、軽くため息をついた。こんな自分が情けない。
実はいうと、次、愛梨に会える予定は分かっていないのだ。
携帯電話のCMだって、新シリーズ作るかも・・・と言っときながら、まったく作るという話を聞かない。
もしかしたら、もうこうやって一緒に仕事したり、控室が一緒になったりすることもないのかもしれないのだ。
それなのに、それなのに愛梨は今にも帰ろうとしている。
言わなきゃ。言わなきゃ。何ビビッてんだよ俺。
翔太だって言ってたじゃないか。愛梨は例え告白されて振ったとしても、今までどおり接してくれるはずだって。
じゃあ、告白したとて振られたところで今までと変わらないだけだ。
愛梨はドアノブに手を掛けた。
「待って、愛梨」
愛梨は手の動きを止め、ゆっくりこちらを振り向いた。
俺は決意をする。
「初めて会った時から好きです。付き合ってください」
告白の台詞はいろいろ考えたけれども、結局かなり普通の台詞となった。
心臓がバクバク言っている。
男だって告白した時と同じだ。速く何か言ってほしいと思っている。
でも、今回は何の想定もしていない。
返事はイエスであってほしい。でも、ノーな気がする。
愛梨の返事を聞くまで、なんだかやけに長い時間を要した気がした。実際にそうなのか、俺がそう思っているだけなのかは分からない。
愛梨は俺の告白に対しての返答をした。


長いようであっという間だった夏休みも終わり、新学期が始まった。
新学期早々、合唱祭の練習だという。
「お前、下手すぎ!」
「どうやったら、そんなに音程違うよう歌えるんだよ!」
「歌手デビューできねーぞ!」
クラスメイトからヤジのような言葉が飛んでくる。うるせー。これでも毎日あきたらず、発声練習してるんだよ。
「翔太をみならえ!」というヤジまで飛んできた。
そうなんだよ。翔太、歌うまいんだよなぁ。愛梨もうまかったけど、翔太も負けず劣らずうまい。
顔も声も綺麗だなんて反則だ。男の俺でもドキドキしてくる。って、何で鼓動速くなってるんだよ。やめろ俺の心臓。
そして軽く合唱の練習して、いつものように俺は翔太と一緒に帰った。
そうだ。翔太には報告しないと。
「こないだ、愛梨に告白したよ」
「どうだったんだよ」
「オッケーだってさ」
「へー」
もうちょっと関心を持ってほしかったが、まあ他人の恋愛話を聞く男の反応なんてこんなもんかもしれない。
「じゃあ、」
と思っていると、翔太は続けて話してきた。
「じゃあ、もう友達の俺は必要ないな」
「・・・・・・はっ?」
思わず気の抜けた返事をしてしまった。いきなりなにを言い出すんだこいつは。
「俺、今日もちょっとこの後用あるから先に帰るよ。じゃあな」
と言って翔太は一人、走って帰ってしまった。
な・・・。なんなんだよその行動は・・・。
					
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