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第8話~机の中の用紙~

「好きなんだ。友美ちゃんのことが」
気づいていなかったといえば嘘になる。薄々、心のどこかで感じてはいた。
拓海が俺のことを恋愛の対象として見ているということを。
いつからそう思ったのかは覚えていない。里奈と麻衣がトイレで拓海の恋愛話に花を咲かせていた時か、はたまた拓海と一緒にゲーセンに行った時か。
ただ、薄々感じてはいたが、俺自身はそれを認めたくなかったし、本当にそうだという真実を聞きたくなかった。
拓海がテレビで好きな女の子に語ろうとしているときには、見ないようにしたし、告白されそうな雰囲気のときは強制的に話を終わらせて帰宅した。
拓海とは仲の良い友達でいたかったし、だいたい俺は男だ。告白されたところで断るという選択肢しかない。
ずっと女のふりして付き合ったら、今までどおりいられるのかもしれないが、正直それをする勇気はない。
あ~ぁ。やっぱり、男と女の友達なんてなりたたないのかなぁ。
いっそのこと男だって言ってしまうか? いや、いやいやそれはダメだ。好きな女の子が男だと知ってみろ。どんだけショックを受けることか。
ああ、何で俺なんだよ。何で友美なんだよ。他にかわいい女の子ならいっぱいいたじゃないか。
いや、違うな。いずれは別れがくるとわかってるのに、こんなに仲良く遊んでいた自分がバカだったんじゃないか。
ああ。もう本当、こういう場合なんて答えればいいんだ?
どこかにテンプレはないのか。男なのに女のフリしていたがために、他の男から告白された場合の断り方。
いや、別に、女のふりという部分はいらないのか。とにかく、こうできるだけ相手を傷つけない断り方。なんかないのか? ああ、ダメだ思いつかない。
もう普通にいうか。「ごめん。こっちは恋愛の対象としては全然見てなくて」みたいな感じで。
でも、こういった場合、今後拓海とどういうふうに付き合っていけばいいんだ? 今までどおりになるのか? いや、それはないか。
いやもう、いっそのこと、これをきっかけにお互い遊ぶこともなくなったほうがいいんじゃないか。そうだ。多分、そのほうがいい。よし、言おう。
「ごめん」
そんな声が俺の耳に入ってくる。
今の「ごめん」は俺じゃない。拓海の言葉だ。なぜ、ごめん?
「冗談だよ冗談。好きっていうのは冗談。そんなに真剣に考えなくてもだから大丈夫だから。ゲーム、つづけようか」
拓海はそう言って、ゲームに向き合う。
「な、な~んだ。冗談か。びっくりしたー。やめてよ、そういう冗談いうの」
と、おどける俺。
っていっても、冗談というのは嘘だろうなとは思う。
俺があまりにも返答に長い時間かけて考えていたためにそう言ったんじゃないか。もしかしたら、否定的な返答をしそうな雰囲気もあったのかもしれない。
ただ、この結果は果たしてよかったんだろうか。いずれは、離れ離れになる時がくるというのは分かってるんだ。でも、拓海にはそれがわかっていない。
いや、もう考えるのはやめて、今は今だけを楽しむことにしよう。
拓海だって、振られるぐらいなら、この状態を続けたほうがいいと思ったはずだ。
別れはそのうちくるだろうが、今じゃなくたっていい。
「よーし、次はアレやろアレ」

それ以来、拓海から再び告白してきたり恋愛感情を思い起こさせるようなアプローチをすることはなく、1ヶ月が過ぎた。
季節はもうすぐ冬になろうとしており、このところ一段と冷え込んできたところだ。
そんな中、大室に呼ばれてスタジオのある事務所に来たところだ。何だか嫌な予感がする。
「待ってましたよ。友樹くん」
ドアを開けて部屋に入るなり、部屋の真ん中にいる大室にそう声をかけられた。いや、普段友樹くんなんて呼んでないだろ・・・。
「いい報告がある。CDデビューが決まった」
ああ。やっぱりやるのか、歌手デビュー。
ここ3ヶ月ぐらい、毎週のように歌唱レッスンを受けていたこともあり、確かに少しは音痴が治ってきたように思ってはいるが、はたして大丈夫なもんか・・・。まだまだ、歌手としてデビューするにはほど遠い気もするのだけれども。
「まあ、80年代ぐらいは歌が下手なアイドルなんて大勢いたわけだし、ちょっとぐらい下手だって大丈夫だよ。むしろ、ちょっと下手なのをアピールポイントにすればいい」
やだよそんなの。
でもまあ、仕方がない。こうなったら歌手デビューしようじゃないか!
「これで、俺の友愛計画も一歩近づいたな」
なんだか、悪役のセリフみたいだな。
「って、それまだやるつもりだったんですか!」
「当たり前だ。CDが売れないと叫ばれている世の中に革命を起こしてやる」
んなわけないだろ。
「さすがに、愛梨と一緒だと気が引けるといいますか・・・」
「いいじゃないか。恋人同士で男女デュエット曲だぞ」
いや、女として歌うんだから、男女デュエットって・・・。
「って! 何で知ってるんですか! 付き合ってるって!!」
「えっ!? 本当に付き合ってるの?」
「えっ?」
「えっ?」
しばしの沈黙。
「まあいい、とにかくデビューは12月25日のクリスマスだ。デビュー曲はもちろんクリスマス曲」
「えぇぇ。歌唱レッスンで歌ってた曲じゃないんですか・・・。あの『瞳を閉じても会いたくて会えない』みたいなどこにでもあるような歌詞の」
だいたい、閉じることができるのは『瞳』じゃなくて『まぶた』だろ。
「あれは、B面だ」
「そんなー。ところで、そのA面の曲はいつまでに覚えなきゃいけないんですか?」
「2週間後に収録予定だ。その数日後に、生放送の音楽番組の出演も予定している」
「2・・・2週間・・・。それはちょっと・・・。俺の記憶力を分かってていってますか?」
「おっ! なるほど。そこまで言うなら1週間後に変更で」
「いえ、急な変更は迷惑になるので2週間頑張らさせていただきます!」
まあ、2週間あったらなんとかなるだろ。多分。学校にも歌詞を書いた紙持って行って覚えるとするか。
「ああ、そうそう、CDといったら友愛の愛のほうの話だけど」
もうその名前で結成しているみたいな言い方しないでくれ・・・。
「今度、またCD出すんだよ」
「早いですね。それは聞いてませんでした」
「トップシークレットだからな。俺が提供する曲だっていうのは最後まで表に出さないでおこうと思って」
それ、そんなに隠すような事じゃないと思うのだけど・・・。
「事務所の子以外にも提供してるんですね」
「まあ、そう嫉妬するなって」
いや、嫉妬してないって。
「タイトルは『この宇宙(そら)の彼方(かなた)で』だ。『そら』は宇宙って字な」
「ああ。たまにそうやって読みますよね」
「というわけで、CDは3枚買うように」
そう言われると買う気がなくなる・・・。
「ただなぁ、卯月は前と比べて声がでにくくなってる気がするんだよなぁ」
「レッスンのしすぎであんなキレイな声をつぶすなんてことしないでくださいよ」
「そりゃそうだ。あの声は金になるからな」
うわぁ・・・。ここに汚い大人が・・・。
「だいたい、そんなにレッスンやってないんだぞ。だいたい一発OKだし」
「実力の差を思い知らされます・・・」
「なんだろうなぁ。声変わりか?」
「女にも声変わりってあるんですか?」
「そりゃあるだろ。大人と子どもの女性で声が一緒だと思うか?」
ああ。確かにそう言われてみれば。
「まあ、とはいっても女声の声変わりは男声の1オクターブにたいして2音半程度といわれるし、そこまで関係ない気もするが・・・」
「ちょっと風邪気味なんですかね。このところ急に寒くなりましたし」
「そうかもなぁ。体調管理は気をつけてもらわないと」
それにしても、そこまで考えているならうちの事務所に引っ張ってくれないもんだろうか。もっと愛梨と一緒にいたい。
「よし。じゃあ本題だ。今度出すクリスマスソングについてだけど・・・」
というわけで、その日は一日中、その歌のメロディーと歌詞を覚えることになった。

その数日後の昼過ぎ、俺やクラスメイト一行は、次の授業の図工の時間のため、図工室に向かっていた。
のだけれども・・・。何か忘れてるような・・・。
「あっ! やべ、彫刻刀教室に忘れてきた! 悪い翔太。先行っててくれ」
というわけで、俺は翔太に彫刻刀を忘れたことを伝え、教室に戻ることにした。
ちなみに、翔太とは結局この1ヶ月で何か特別なきっかけがあるわけでもないが、仲が戻っていた。
まあ、俺としても翔太が愛梨のファンだと考えたら、悪いことしたなって思っちゃったわけで・・・。
そんなわけで、今は別に喧嘩していない。相変わらず遊ぶことはなくなったが、まあその分学校でいろいろ話してみようと思ったわけだ。
「彫刻刀彫刻刀・・・。あったあった」
自分のゴチャゴチャした机の中からなんとか彫刻刀を見つけてとりだし、図工室に向かおうとした俺だったが、ふと翔太の席の椅子のうえに何か物があったので気になって見てみた。
遠まわしに言うのはやめよう。それは、財布だった。
おいおい、こんな誰もが目につくようなところに財布置きっぱなしにして・・・。ガキ大将の浜村なんかに見つかったら金抜かれてたぞ。どれぐらい悪いやつかって言うと、こないだ彫刻刀で机に穴を開けて先生に怒られたぐらい悪いやつだ。
仕方ない。椅子の上にあったということは机の中に入れておこうとしたのだろうから、優しい俺が机の奥に入れておいてやろう。
そう思って、机の中に財布を入れようとしたら、学校では見かけない、かつ最近聞いたある言葉が書かれたA4の大きさの一枚の紙があることに気づいた。
『この宇宙の彼方で』
一番上にはそう書いてある。その下には歌詞らしき文章が書いてある。やけに当て字が多く、ふりがなが多く振られていた。
いや、それよりもなんだこれ? CDはまだ発売されてないけど、テレビで見て一生懸命パソコンで打って印刷した紙を手元に持ってるんだろか? あまり普段の翔太からイメージできないが、俺の知らないそういう趣味があってもおかしくないかもしれない。
キーンコーンカーンコーン
と、チャイムの音が鳴る。やっべ、早く行かなきゃ。
とりあえず、先ほどの歌詞が書かれた紙を翔太の机の中に入れ、俺は図工室を目指した。

図工室に行った後、翔太に俺が財布を机に入れてやった優しさアピールをしようか迷ったものの、よくよく考えてみるとそれは本当の優しさとは言わないんじゃないかと思い、結局言わないことにした。
で、それから時間が過ぎて、今は同じ日の夜だ。
全くもって歌詞とメロディーが頭に入ってない俺のもとに、厳しい特訓がなされた。
今はその特訓を終えて控え室のテレビで歌番組を見ている。
同業ながら、この人達はよく頑張ってるなーなんて思っていると、愛梨が登場した。
どうやら、大室が提供した新曲を歌うらしい。と同時に、今日、翔太の机からでてきた紙に書いてあった歌詞の歌でもある。
それにしても、なんであんなものが机に入っていたんだろうか。歌詞を覚えて、カラオケで歌おうとでも思ったのか? でも、カラオケにでるのはまだ先だろうしなぁ。
俺も、自分の歌の歌詞なら学校に持って行って覚えようとしているけれども。
と思った途端、胸のあたりがズキズキと痛み出した。な、なんだこの感覚は。
たまに、こんな感覚なるんだよなぁ。愛梨といるとなるときもあるが、この感覚は恋じゃないのか?
そういえば、拓海が友美のことを好きなんじゃないかと思った時もこんな感覚になったような・・・。
いや、いやもういい。気にするな。つづくようなら医者にでも診てもらいにいけばいいじゃないか。
とりあえず、俺はその感覚を無視してテレビに集中することにした。
アナウンサーがよくある曲の紹介の仕方をして愛梨の新曲のイントロが流れる。
うぅ。またズキズキしだした・・・。
ところで、愛梨の歌の方はというと、相変わらずの美声だが、確かに大室の言っていた通り、どこか歌うのに辛そうな印象をもった。
歌詞の方は、当たり前だけど、翔太がもっていたものと同じはずだ。全部を覚えているわけではないが、当て字が多いという特徴があったので少しは覚えている。
そういえば、この番組の収録スタジオは、今オレがいる場所から比較的近くなはずだ。帰り、偶然あうこともあるかもしれない。
いや、むしろ会いに行くか。
というわけで、俺は愛梨の歌が終わるなり、その歌番組が収録されているであろうスタジオにむかい、20分後、スタジオの入った建物の前に着き、数分たって愛梨がその建物から出てきた。
「お疲れ!」
と、声をかける俺。
その声に反応してこちらを振り向いた愛梨は、驚いた顔になる。
「ちょうど近くで仕事でさ。仕事終わって控え室でテレビを見ていたら愛梨が出ていたからこっちまで来たんだ。一緒に帰ろうと思って」
「あ・・・ありがとう・・・」
愛梨は少し動揺しているようだった。少し驚かせすぎたか。連絡の一つ入れればよかったかも。
まあでも、断られたわけではないので横に並んで一緒に帰ることにした。
何も話さないのもなんなので、とりあえず先ほどのテレビについての話をすることにする。
「新曲聴いたよ。いい曲だね」
「ありがとう。友樹くん・・・というよりも、友美ちゃんの事務所の大室さんに提供してもらったの」
それを言わないでくれ。褒めて損した気分になる。
「それにしてもテレビ見てるとすごい人気なのが分かるよ。観客の歓声もすごかったし。まさに自慢の彼女って感じ」
「褒めすぎだって。テレビだから盛り上がってるように見せてくれって言われてるみたいだし。サクラみたいな感じ?」
「それでも、ファンには変わりないじゃん。俺の友達にも愛梨のことファンの奴がいてさ・・・」
と、ここでなぜか愛梨の足取りが止まった。
俺は後ろを振り向いて、愛梨の様子を伺った。先ほどよりも動揺しているように見える。
「どうしたの?」
「う、ううん。なんでもない。友樹くんの友達にもファンの人がいるんだって思って」
「そうそう。そいつ、『この宇宙(そら)の彼方(かなた)で』の歌詞をコピー用紙に印刷してわざわざ学校の机の中に入れててさ」
その言葉を言った瞬間、愛梨はどこか青ざめた顔となった。
「ひどいよ。どうして机の中なんて見たの?」
やけに真剣な顔と声色でそう聞いてくる愛梨。
「どうしてって・・・。財布が椅子に落ちてたからそれを入れようとしたら発見して」
「・・・。それでも、ひどい。どうしてそんな・・・。最悪・・・」
さらに、顔色が悪くなって、愛梨はそう言った。
やばい。俺、そんなにひどいこと言ったか?
「だ、大丈夫? タクシー使って帰ったほうが・・・」
「もういいよ。ほっておいて。一人で帰る。」
そう言って愛梨は一人、駅のほうへ走りさってしまった。
こういう時って、追いかけたほうがいいんだろうか。いやでも、さすがに今のは追いかけてはいけない気がする・・・。
それにしても、いったい俺の今のどこの発言が悪かったんだ?
友達の机の中を見てしまったのが、そこまでひどいと思われる行為だったんだろうか。でもあれは、しょうがないだろ。財布をほったらかしにしてたほうがひどいだろ。
ダメだ分からん。これが複雑な女心ってやつなんだろうか。女心は分からなさすぎる。

次の日の朝。
昨日の愛梨の言葉に対するモヤモヤが晴れないまま、いつもどおり学校へ登校した俺は、いつもどおり翔太に「おはよ!」と挨拶したのだけれども、
「あ・・・ああ、おはよ・・・」
と、やけにつれない態度でこっちを見向きもせずに返された。
なんだその返答は。俺が何かしたか?
「なんだなんだ。また喧嘩でもしたのか?」
と、急に話しかけてきたのはクラスメートのお調子者だ。
「覚えはないな」
むしろ感謝されてもいいぐらいだ。机の上に置きっぱなしにしていた財布を机の中に入れてやったぐらいなんだから。まあ、翔太はそれを知らないわけだけど。
「ところで昨日の愛理ちゃん見たか? あの、わけわかんない新曲の」
「ああ。見たよ」
わけわかんないって愛梨の曲だぞ! 聞き捨てられない! と思ったけど、提供は大室だったか。
「覚えるの大変だろうなあれ。生放送でテレビ初披露らしかったし、大変だったかもな」
「大変だろうな。今、俺もその大変さを味わってて・・・」
って、ん?
「それより前にテレビで披露されたんじゃないのか? 何で初披露って分かるんだよ」
「はぁ? お前昨日のテレビ見てたんじゃなかったのかよ! アナウンサーが言ってただろ!」
と、そう言われて思い出した。昨日のアナウンサーの紹介の言葉。
「今夜テレビ初披露の新曲、卯月愛梨さんで、『この宇宙(そら)の彼方(かなた)で』」
と、言っていたのを。
					
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